海底パイプライン(三十一)
朱美に引っ叩かれて、思わず立ち上がった徹は手を擦る。
しかし視線は朱美に釘付けだ。子供の頃に『トライ』したら、果たして『今の衝撃』で済んだかどうかは計りかねる。
少なくとも弓原家に専属のメイドさんは居ない。
母が『車で出掛ける』ときに限って、『黒服の男達』が何処からともなく沸いて来る位で。あ、当然『スカート』なんてないし、そもそもサングラスなのに『来るなガキ』感が凄いし。
お祖母ちゃん家の別邸に行ったとき位か? メイドさんが居たの。
だとしても、こんなに『ピラピラした格好』じゃなかった。
「やっぱり『これ』もセットなの?」「だと思うよ?」
朱美が指さしたのは自分の首である。ほっそりとして白い。徹は腰を落とし、興味深く下から覗き込んだ。
すると着けるのも覗き込まれるのも慣れていないのか、人差し指で横を擦りながら徹に視線を送る。大分気にしている様子。
「その首輪ぁ、良く似合ってるよぉ」「チョーカーって言ってっ!」
途端に地団太。プンスカと怒る朱美もやはり可愛い。
「ごめんごめん。知ってた」「本当にぃ? 嘘だったら着替えよ?」
「嘘です知らなかった。首輪としか知らなかったです」「ほらぁ」
「でも可愛い。凄く似合ってる。このハートも可愛い」「あぁん」
そこまで言われれば、朱美も『悪い気』はしない。
「いけません、ご主人さま。私、そこは『弱・い・』ので……」
しかし『平常時のおさわり』は拒否。見れば徹は、手を叩かれてもまだ『ジッ』と魅入っているのだが。あれ? 目線が合わない。
「何見てるのぉ?」「この『ハート』って、何だろうね? 見せて」
懲りないのか、もう一度指を伸ばして来る徹。何だ『調査』か。ならば仕方あるまい。朱美はくすぐったいのを我慢して協力する。
「経験人数とか?」「朱美の?」「あら、そうであって欲しいの?」
互いに見つめ合って一瞬止まる。今のは『冗談』でもNGだ。
「絶対ヤダ」「そうでしょぉ?」「うん。ごめん」
直ぐに仲直り。そう。喧嘩はその日の内に仲直りするに限る。
「ふふっ。私はぁ、『徹さん専・用・』」「俺もだよ」「あぁん」
あっちょっ、まっ。もぉ……。はいはい。キスですねぇ。良かったでちゅねぇ。ちゅぱちゅぱして、一体どんなお味でちゅかぁ?
もしもしお二人さぁん。あのぉそれぇ、いつまで続きますかぁ?
あぁ、やっと終わったぁ。ほら終わったら『調査』の続き。はいはい。とろぉんとした目で見つめ合わない。全く。言う方も言う方だが、答える方も答える方だ。このぉ。変態仲良し夫婦め。
「感じちゃうから、早くしてね?」「ちょっと、動かないで」
調査再開。チョーカーの左側だけに並んだハートの飾りに『小さな突起』を見つけた徹は、そこに爪の先を伸ばしていた。
手応えあり。それは前から後ろに開いたのだが、中は空洞である。
「これさぁ『小物入れ』になってるね。小さなカプセル一個位の」
直ぐに閉じた。きっと『隣のハート』も同じ構造であろう。
「毒でも入れるの?」「ここにぃ? 小さいよ? どんな毒よぉ?」
悪戯っぽく笑いながら、朱美はしれっと恐ろしいことを言う。
確かに朱美を手にした者は『寿命が縮む』に違いない。徹は笑顔をうっとりと眺めながら確信するが、確認したい衝動にも駆られる。
だって朱美なら、知っていてもおかしくはないはずだから。
「さぁ?」「だって薬剤師でしょぉ?」「今は休業中! キャッ」
徹は『朱美の首筋』から、『良い香り』がするのを知っている。
だから聞いたのに、言訳ばかりして。朱美の体を抱き上げて、一緒にベッドに倒れ込んだ。これから『確認』せねばなるまい。




