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海底パイプライン(三十)

「ご主人様、おはようございます。お目覚めのお時間でございます」

 朱美の声がして徹は飛び起きた。目は冴えている。

 完璧に着こなしている朱美の姿を、しかもこんな間近で眺めれば、そりゃぁ一発で起きて、目も覚めると言うもの。


「凄いね。やっぱり着てみると違うわぁ」「そう?」

 上から下まで完・璧・だ。予想の斜め上と言って良い。

 洋裁の詳しいことは判らないが、あたかも最初から朱美のためにあつらえたかのように、ピッタリと決まっている。

 しかし当の朱美は、自身のスタイルを上から覗き込み、随分と気にしているようだ。そんなに心配しなくても大丈夫なのに。

 だからこそ、硫黄島で『実物』を見た経験のある徹は苦笑いだ。


「どこかおかしい?」「いやぁ? 全然イイ。完璧だよ」

 いけない。思わず顔に出て。しかもそれを朱美に見つかった。

 硫黄島で『見た姿』と言うのは、今の『笑顔』とは違って『無表情』であったからだ。いや、そもそも『近付き難い』か。

 幾ら『怒っている表情』であっても、朱美の方が断然可愛い。


「あぁ? 絶・対・嘘だぁ。もう着替える」

 朱美なりの『解釈』を加えての『着こなし』であったのに、それを徹が『笑った』とあっては、もう着ている価値はない。

 早速振り返って屏風の方へ。ハイヒールの音が響く。


「ダメだよ! 『実際より可愛いな』って思っただけっ!」

 横になっていた徹だが、慌てて体を起こして手を振る。

 すると朱美がピタッと止まった。振り返っても無言である。

 しかし『本当?』の顔が実に可愛い。徹は思いっきり縦に頷く。

 すると朱美は『なら良いけど』な顔になって踵を返した。徹は冷や汗を拭く。朱美は機嫌を直して、再びベッドサイドまで来た。

 早速徹は『プレイ』を開始する。先ずは床を指さした。


「その『台』に乗って? 白い奴。滑らないようにそっとね」

 白くて丸い物。円筒形の物体が置かれている。それに乗れと。

「これ? 前から思ってたんだけど、何なの?」

 勝手に走り回る『掃除機』にしては背は高いし、ボタンも何も無い。ちょっと『乗れ』と言われて、乗れない訳でもない高さ。


「良いから良いから」「だから何なの?」「乗れば判る」

 徹に言われて仕方なく、朱美は『台』に乗る。すると小さく『カチッ』と音がして、白い台が光り始めたではないか。

 朱美は『そういう趣味?』と思って、取り敢えず徹の方を向く。

 長いスカートの両端を摘まみ上げ、足をクロスさせてポージングをして魅せた。黒地の衣装に散りばめられた白のレースが浮かび上がる。ニッコリ笑って体を傾ければ、実に可愛いではないか。


「これで良いの?」「回るから気を付けて」「えっ? キャッ」

 爪先は付いているが、ほぼ片足で立っていたようなもの。それに、今の『衣装』に『ハイヒール』は違うかもしれない。

 しかし靴は『オリジナルに非ず』だ。確か、爪先がツルンとして丸い感じの奴で、飾りは一応付いていた。

 朱美は一瞬バランスを崩したが、直ぐに両足でしっかりと立つ。

 やはり履き慣れた方が良い。それにオリジナルは、朱美と足のサイズが大分違う。それにだ。今は『合ってない』と思うかもしれないが、『もっと捲れば』意見は変わる。間違いない。

 ハイヒールの方が絶・対・似・合・う・と、徹は確信している。


 ゆっくりと回り始めた白い台が、電動の『回り舞台』であると理解して、朱美は直ぐに元のポージングに戻った。徹を睨み付ける。

 説明不足を咎めているのか、顔はちょっと『こらぁ』だ。しかし『実物大フィギア』に成り切っているのか口パク。声は出さない。


 そのままの姿勢で一周回って来ると、顔は『お人形』に戻っている。つんと澄ました可愛いお顔。そのまま甘えて来て欲しい。

 いや待てよ? ちょっと笑いを堪えているような。おいおい。

「ちゃんと!」「ふふふっ。はい」

 すると、どんな仕組みか知らないが、二週目になるとポージングを変えた。今度は直立不動。両手は指を伸ばし前で重ねる。

 徹の前を通過して、再び後ろが見えたと思ったら、今度はカクンと腰を折った。背中のリボンを大きく揺らし、徹にお尻を突き出した格好だ。実にけしからん! いや、反対側にお辞儀をしただけ。

 半周回ってくる間に段々と頭を上げ、再び徹の前へ。


「ねぇこれぇ。あと、何週すれば良いのぉ?」

 さっき徹を『ご主人様』と呼んでいた『自分の立場』は、すっかり忘れてしまっているようだ。それとも照れてそれ所じゃないのか。


「そうだねぇ。可愛いから、あと十週位、してもらおうかなぁ?」

 徹が指を回している間にも回転は止まらずに、朱美の困った顔が徹の正面を通り過ぎて行く。途端に『えー』に変わった。

 苦笑いしながら首を伸ばし、『本当に?』とこちらを見続けている。しかし限界が来たのか、クルっと先に回って向き直った。


「じゃぁ、これで終わりね?」「えー。じゃぁ逆回転」「こらっ」

 怒りながらも思わず噴き出す。きっと『徹のこと』だ。

 こんな『変な物』を発注したときに、確かに『逆回転機能』の一つや二つ位、付けていることだろう。

 いや、それより『カメラ』か? 明るく光ったのはそれが理由?

 朱美は急ぎ『台の表面』を覗き込むが、台の表面は白く光っているだけで、カメラらしき『ホール』は見当たらない。まぁ良いか。


「どう? お気に召して?」「うん。凄く良いよ」

 最後だと思って、もう一度ポージング。良し。あとは脱ぐだけだ。

 すると徹が立ち上がって、朱美に近づいて来る。当然のように、朱美の衣装へと手を伸ばしても来た。ほら。手が早い。


「ここって実は『穴』開いてるよね?」「ああん。くすぐったいぃ」

 脇腹の布地。一見『二枚が重なっている』ように見えて、実は縫い合わされていない。だから徹の右手は、シャワーを浴びたばかりの朱美の柔肌まで、簡単に到達可能であった。朱美は笑う。


「ご主人さま、こちらもですよ?」「良く知ってるねぇ」「あん」

 朱美自ら徹の左手を導き、今度は反対側の腰裏へ。

 すると同じように『穴』が開いていて、こちらも柔らかな感触に。二人は思わず顔を見合わせて笑う。朱美が肩を竦める。


 その肩には、他の刺繍とは明らかに違う『簡単な柄の刺繍』があつらえてある。他の刺繍と同じく『白い生地』で、丸い取っ手付きの鍋蓋と、その下の鍋敷き。鍋蓋と同じ厚みの。

 徹が『見たことある』と思ったのは、確か『黄色い奴』で、まぁこれが徹の予想通り『階級章』を意味しているのだとしたら。

 それは『大尉』であろうか。いや考えて見れば、自分より偉い。

 だから仮にも、この制服が『軍用メイド服』なのだとしたら、一体『どんな変態』が着るための衣装であったのか。不思議だ。


「これ、本当に『軍服』なの?」「そんなこと、俺が聞きたいよ」

 徹は思い出す。男っ気しかない島でのこと。

 こんな『制服姿の別嬪さん』が、しかも集団で歩いていたら。それだけでもう『噂になる』ことは間違いない。実際そうだったし。


 硫黄島で『軍の居住区』と、弓原家を含む『民間の居住区』は離れて設置されている。軍事機密があるから仕方ないのだろうが、食堂とかも別である。だから徹はそっちのことは良く知らない。

 きっと『メイドが必要な偉い人』が、島に来ていた時期であったのだろう。そう思えば全て合点が行く。

 だってその『メイドの一団』は、あるとき『軍の居住区』から大挙して現れたのだ。ゾロゾロと、何人いたのかは数えていない。

 別に『何をしに来た』でもない。綺麗に『一列に並んだ』と思ったら、一番偉そうなメイドが一人だけ前に進み出る。

 それが何故か『凄く緊張した面持ち』だった。可哀そうな位。

 相対した母は、言葉も丁寧で凄く優しいのに。それで『談笑』と言えるのかは不明だ。どうせ『内容』は何も判らない。

 一言二言『挨拶』だか『顔見せ』だけした感じ。最後は全員で最敬礼して帰って行った。実に不思議な光景である。その衣装だ。


「あれ? これって『付けた』の? あっ!」

 徹はうっかり『デンジャー紐』を引いていた。するとあら大変。

 長かったスカートの『前半分』がはらりと落ちて、前だけが『ミニスカート』になってしまったではないか。これはけしからん。


「ちょっと! 引くときは『デンジャー』って言ってくれないと!」

 朱美がお怒りである。物凄い勢いで。確かに『二人で交わした約束』なら、それは確実に守らなければならない。徹は慌てる。


「ごめんごめん。デンジャー、デンジャー」「もぉ。ちゃんと!」

 適当に言ったものだから、更にお怒りである。徹は急いで『落ちた布地』を元の位置に戻した。直ぐに『引いた』振り。

「デンジャーッ!」「あぁん!」

 他人から見たら『なんじゃこれ?』と思うかもしれない。

 しかし互いに『男女の経験』が『お互いのみ』である二人にとって、そこに『世間の常識』など入る余地はないのだ。自由である。

 体は既に大人でも、心はまだ中学二年のままだ。お互いに。


「これね? 前がちょっと短いと、ただ『スースー』するのよね」

 およそ『メイドらしからぬ』動き。真顔で足を広げ、腰を落として腕を伸ばす。下品にスカートの中を探っている。折角の色気が。


「そうなんだよねぇ」「ちょっと?」「こんな所にさぁ」「あん」

 しかし、当然のように徹がお手伝いを始めて、手が『変な所』に当たってしまったようだ。今更に朱美が驚いている。


「ちょっとやだぁ」「こんな所に『ポケット』があるんでしょ?」

 前を押さえている朱美を他所に、徹はスカートをペラっと捲っていた。『メイド姿』とは仮の姿。実は『妻なのだから』と遠慮は皆無。いやはや。男として、実に堂々とした捲りっぷりだ。


「何してんのっ!」「あれ? ベルトが、もっとあったでしょ?」

 徹が気にしているのは多分、朱美の美脚を包んでいる『ガーターベルト』のことであろう。今の状態も堪らんが記憶では、もっと?


「この数が普通よぉ」「じゃぁ『予備』だったのかなぁ?」

 叱られて頭をポンポン叩かれても、まだご覧になっている。

「絶対違うわよ。変な形だったから外しちゃったの。文句ある?」

「ありません。文句なんて、全然ありません」『パチン』「いてっ」

 徹が伸ばした手は『朱美の柔肌』に触れる前。簡単に撃墜されてしまった。でも大丈夫。赤くなっただけ。切れていたりはしない。

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