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海底パイプライン(二十九)

「もう、お許し下さい、ごs……」「だめだ……」「ああっ……」

 二人で決めていた『エンディング・ワード』がある。

 徹は朱美が発した言葉に反応し、直ぐに口を塞ぐ。一時の思いに駆られて、大局を見失ってはならない。朱美は徹と濃厚な口付けをしている間に、少しは冷静になったようだ。徹の目を見て頷く。


「また暫く、逢えないんだぞ?」「……でもぉ……」

 それは判っている。朱美は恥ずかしそうに下を向く。

 朱美だって『気持ち』ではまだ物足りない。でも徹だって『新婚旅行から帰った夜のこと』を、覚えているはずなのに。

 思い出しても朱美は徹に縋るだけで何も言えない。訴えるように見つめても徹は髪を撫でるだけ。『同じでしょ?』と更に訴えて。

 あんなことは恥ずかしくて、二度と言いたくないのに。


「大丈夫だから。ちゃんと考えてある」「本当ぉ?」

 自信満々に徹が笑う。徹の笑顔を見て朱美も笑った。

 朱美の顔を両手で包み込み、なでなでする徹の姿。今は『只の悪戯っ子』だ。しかしその実、やはり徹は賢い。覚えていてくれた。

 両手を朱美の顔から腰へと降ろし、朱美を持ち上げる。


「あぁっ」「ふぅ。やっぱり色々考えて『コレ』かな」「なぁに?」

 支えを失った朱美は徹に抱き付く。そのまま後ろを覗き込んだ。

 今も波の音が聞こえている。直ぐ近くにある徹の心音も。確かに二人は大自然に包まれていたはずなのに、そこには都合良く棚が。

 凄い。もしかして徹は朱美だけでなく、この『大自然』さえも支配しているのだろうか。何もかも思いのままに。


「満天の星。満月。サンゴ礁」「えっ、何が起きるの?」

 上を向いて徹が指示していた。何となく判るが、朱美は思わず徹にギュッと抱き付く。徹は朱美を抱き締めて笑うだけ。

「大丈夫だよ。見てて御覧?」「こうなるの? すごぉい」

 徹が天井を指さしたので、朱美は振り返りながら仰ぎ見る。

 さっきまでポツン、ポツンと見えていた星が、今度は一面の星空に変わったではないか。キラリと光ったのは流れ星か。

 はっと思って振り返ると、さっきまで見えていた赤い水平線は既に闇へと変わり、満月が高く静かに入り江を照らしている。

 波間に映るは月の陰か。『白い何か』は、いつの間にか遠くへ。


「まだ、これだけじゃないよ?」「今度は何? えっ? えっ?」

 朱美が振り返っている間に、徹は『設定変更』をしていたようだ。

 さっきまで『遠浅の砂浜』だった床が一変。青白い光に包まれる。砂は消え、床一面に映し出されたのはサンゴ礁の海。そこへキラキラと光るクラゲが、ふんわりと泳いで来た。何だか浮遊感が。

 映像とは言え、正直『ここまでする?』と思いたくもなる。

 目を輝かせる朱美を見て『やはり正解』と思う。いや、大正解だ。

 下からの光に包まれながら、ねっとりと抱き締め合う二人。


「寒くない?」「うん全然」「良かった」「だってお湯だし」

 朱美の冗談に徹は『それは言わないの』とお仕置き。でも笑っている。ゆっくりと朱美を倒しながら、一人光に包まれて行く朱美を眺めていた。肩と頭の位置合わせをした朱美は、髪を再び泳がせる。

 ただ今度は、背中を離れた徹の右手が気になっていた。

「良し。冷たくない」「何が? あっ。あぁん」「良いだろう?」

 徹が触れた朱美の反応は悪くない。寧ろ興味深く覗き込む。

「そんな物まで用意してっ。もぉ。好きなんだから」「好きだよ?」

 手を伸ばして来た朱美の掌にも、塗り掛けのを少し分けてやる。

 しかし塗りたくるのは二人同時だ。一人でなんてさせない。手を重ねて入念に。朱美は微笑みながら左手で腰から上を。右手は徹へと伸ばしていた。徹は朱美へと伸ばしている。

 月明りの下、青白く輝く朱美と、見つめ合いながら。


 朱美が両手を広げる。海の中で優雅に背泳ぎをしているよう。

 そこへ下から波が。体の側面が『弱点』なのか、思わず脇を締める朱美。顎も上げて。しかし直ぐに再び徹を眺める。


「痛くない?」「うん……。大丈夫……。気持ちいぃ……」

 本当に気持ち良さそうに泳ぐ朱美。手をゆらゆらと揺らして。

 呼吸を、どうにか落ち着かせようとしている。しかし雲一つない満天の星に見つめられて、満月にみつめられて。そして徹にも。

 ゆるりと泳ぐ朱美とクラゲが重なると、まるで天女の羽衣か。徹を竜宮城へと誘っているような。すこし左右に傾ければ煌めく。

 水着も可愛いだろうが、今はこれで良い。これが良い。もう朱美には何も必要ない。今の存在が全て。


 浴室にも、当然のようにカメラが仕掛けられている。

 二人が浴室に入ったときからの様子が、合計十五台のカメラによって逐一収められていた。流れ星のように見えたのもその内の一台。

 最近の映像技術は素晴らしい。ツアイスのレンズで捉えた朱美の素肌は、思わず息を呑む。仕掛けられた十五台の内、五台の三百六十度カメラに死角はない。

 その映像素材を繋ぎ合わせ、まるで『ドローン撮影』したような、ダイナミックな映像を作り出すことが可能だ。徹は想像していた。

 その映像の仕上がりを。朱美が喘ぎ、狂喜乱舞する姿を捉えた映像の中から『ベスト』を抜き取る。

 巨大画面専用の画像処理ソフトを使い、壁一面に朱美の姿を映し出す。全てが実物大以上。朱美を『実物以下』となる、小さな画面で見る気はしない。朱美はどんなに拡大表示されても美しい。

 どんな表情をしていても。あぁ、恍惚の表情を中央に添えて、右半身からと左半身からを左右に。当然、上下逆方向にスクロールさせ、『絶頂の瞬間』を映した体のパーツを散りばめる。


「来て……。徹、さ、ん」「その顔だ。こっちにおいで」

 朱美が両手を伸ばしていた。徹は前屈みになり、朱美には肩を掴ませる。徹の両手は朱美の腰を支えていた。呼吸の間合いを計る。


『バシャッ!』「朱美」「あぁ、徹さん……。好きよぉ。大好きぃ」

 カメラは月明りの下でも、飛び散った光る水滴を正確に捉える。

 また別の角度からは、朱美の体から滴り落ちる水滴を。艶々と光る体が滑らかに動いて、まるで人魚のよう。


 徹は右手を伸ばしリモコンのスイッチを押した。すると朱美の背後に『想い出の映像』が流れ出す。サイレント。髪が今よりも短い。

 新婚旅行から帰った翌々日の夜。初めて天蓋付きベッドを使ったときの映像だ。はち切れんばかりの笑顔が可愛い。

 別にそれは『プレゼント補正』であろう。今の朱美だって遜色ない。寧ろ『俺色』に染まっていて、これ以上の何を求むか。

 はにかむ姿が初々しいくらいか。でもそれだって『ヒリヒリからの復帰』という補正込みのこと。『愛しい』には変わりはない。

 結局、どちらの朱美も最高の朱美だ。俺の女にして俺の嫁。

 徹は腰に回した手に、最高の力を込める。


「あぁあぁあぁっ……。こ・れ・ぇ」

 反り返った朱美の髪が海に浸かっていた。小刻みに震えながら。

 暫くの後、髪を大きく振り上げつつ起き上がる。未だ恍惚。

 スクリーンに大写しとなった『自分の顔』に、下から水滴を掛けながらとも知らずに。徹は直ぐにキス。片目で覗き込みながら。

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