海底パイプライン(二十七)
話は少しだけ過去に遡る。と言っても一分ちょい前のことであるが。安心して欲しい。何をだ? いやまぁ何せこのシーンは、『硫黄島について』語らねばならぬからだ。肝心な所が抜けてしまった。
『これを、どうしろと、言うの……』
朱美は上から戦艦大和を眺めていた。全長二百六十三メートル。昔の歌にあったように、今は朱美から見て少し右舷に進路を取る。
徹の説明によるとそれは鋼鉄製の『鉄塔』とのことだった。朱美はとりあえず頷く。その先端にスコートが触れたまでは記憶にある。
怖がらずに、直ぐに手を伸ばせば良かったのだ。航海先に立たず。
お陰で今、徹に両膝を押さえられて停止している。
「頂きます……」
朱美は艦尾艦底に左手の中指を差し込み、ゆっくりと掬い上げる。
恐る恐るだった。そのまま指を艦首に向け、滑らせながら引く。
強い抵抗を感じ、薬指も添えて更に引いたのだが、スコートの手前で停止する。朱美はそこで途方に暮れてしまった。
徹は助けてくれそうにない。右手を伸ばそうにも『ロックされている』のを思い出す。仕方ない。艦首に触れないようにと。
人差し指と親指でシングルピックアップ。失敗しても成功しても怖い。思わず顔を背け、横目にながむる。意を決し、迎え入れたと同時に、素早くスコートを離した。まだ何もしていないのに油汗が。
兎に角『徹の視線』が気になっていた。首を傾げ覗き見ている。
徹のことだ。きっと『色変わり』のチェックをしていたに違いない。感じとしては『レースの部分』までは……。判らない。
『右か左か。やっぱり右ね……』
徹がお待ちかねだ。どちらにずらすか悩むが『後々のこと』を考えて右を選択するしかない。しかし左手だと、あぁ凄くやり辛い。
引っ掛かりを気にしていると、艦尾の方に指が行ってしまったのか、スコートがポンポンと跳ね上がっているではないか。
違うのに恥ずかしい。徹に『説明』も『言訳』も出来ぬ。咄嗟に右足も添えて支えるも、ずらし直しになってしまった。もぉ……。
「良いよ。おいで」「せ、せん、ぱい……」「ゆっくりぃ……」
指の動きに合わせて腰を前に。そのときばかりは徹も協力的。
「あぁあぁあぁ。んんんんっ」「ゆっくりで良いからねぇ」
両膝をついて支えが要らなくなると、徹の手が太ももへと伸びて来た。今はまだスコートの中に入れたり出したりしているが、その手が『何』をするのかは見当が付く。ほら。徹の右手が探っている。
「デンジャーッ!」「キャッ」「ヒュンッ!」「あぁっ、だめぇん」
徹の右手は朱美の予想通り『デンジャー紐』を掴んでいた。
予想外だったのは、反対側から徹の左手が強く引っ張っていたからだ。思わず左足を浮かせる朱美。実は協力的だったりする。少しめり込んだ感覚もあって、徹もそう感じたに違いない。
しかし膝まで抜けた後は一転、徹の左手を払う。無理も無かった。
以前徹に『色変わり』を、目と指で確認されたことがあったからだ。幾ら『初めての設定』でも、嫌な経験は活かされるべき。
「じゃぁ、説明を始めようか」「……お願いします……」
いつの間にか徹は起き上がり、朱美の白いポロシャツに手を掛けていた。下から一気に捲り上げる。
朱美は覚悟して両手を上げていたのだが、別に『脱がせる』のではなかった。捲り上げただけ。親切と言うべきか。
徹が胸の上部に引っ掛けて留めたので、朱美は両手を降ろす。そして『お好きにどうぞ』とばかりに両手を後ろに置き胸を張る。
朱美なら胸を張らなくても、ポロシャツはそこに留まり続けたであろう。実際徹は両手を離し、じっと眺めていた。鼻息を感じる。
また『舌』か。それとも『甘噛み』か。朱美はジッと待つ。
しかし今度の徹は、意外にも『指』で撫でただけ。
「ここが『テニスコート』ね」「あっ、くすぐったい……」
指でも感じるものは感じる。徹はブラの紐に指を掛けた。
「丁度こんな感じに『ネット』があってぇ」「はい……」
そのまま肩の方にスライドさせると、パチンと離す。
「コート外に出ちゃうと『ジャングル』に入っちゃってさぁ」
「いやんっ! ありませんっ!」「朱美ぃ。何言ってるのぉ?」
判ってる癖に。朱美はぷっくりとほっぺを膨らませて抗議だ。
「う・そ・」「もぉ……」
徹が腰を引き寄せながらキスしてくる。サンバイザーを避けて。
キスしながら押し込まれ、朱美は後ろへと倒れ込もうとした。しかし徹の膝で支えられて理解する。そこが『定位置』なのだと。
朱美もこの部屋に『カメラ』が設置されていることは知っている。
雰囲気を壊さぬよう『隠しカメラ』となっているのだが、そこは『ハッカー』たる朱美のこと。全ての位置と種類を把握済である。
だから決して、『カメラ目線』にはならないように気を配りながらも、『美しい画角』になるようには心がけている。
今は斜め上からのカメラが、朱美の上半身を捉えているだろう。
当然のことながら仕掛けた徹も熟知している。後ろに下がったのは、『余計な影』が入らないようにするためと……。
「デンジャーッ!」「あぁっ、せんぱいっ! 許してっ!」
白いブラジャーは、男が言う所の『前から外すブラ』であった。
しかし『ホック』は徹の指示によって改造が加えられ、リボンと『デンジャー紐』の組み合わせとなっていた。
色はこの下着に合わせて、白地に黒文字と清楚なイメージを崩さぬよう、上下用を特別に発注したものだ。文字も筆記体でお洒落に。
『今のを、きっと後で『スロー再生』するんだわ……』
肩から肩ひもが外される。不思議と片方だけ。朱美は徹の手と顔を交互に眺めながら、そんなことを考える。
『今のは『スロー』で再生したら、凄い迫力だろうなぁ……』
正解。朱美は徹より先に『考えていること』が判っていた。
下からの突き上げで。笑うのを堪え、まるで『初めて』のように振舞い続ける。大きく息を吸った。
「ああああああっ! ちょぉぉぉだぁぁあぁぁぁいっ!」
声に合わせ髪も振るが、サンバイザーは飛ばないようにしながら。
案の定『朱美の予想』は的中する。徹は実に『悪い先輩』だ。あくまでも『テニススタイル』に固執している。靴も脱がさずにいるのはそのためか。だとしたら、何のために捲り上げたのかも合点が。
ポロシャツを元に戻す。理解。スコートを掴んでも捲りもせず。理解。そして綺麗に揃えると、うっとりと眺めている。
あたかも『やっと手に入れた可愛い後輩』を、じっくりと鑑賞しているかのように。汚さぬようにか、吸い付いても来やしない。
もしかして『カメラに映す』のが主目的なのだろうか。
離れて眺めながら、ゆっくりと味わい始めた。それを受けて朱美も踊り出す。『こうですか?』『合ってます?』と徹にお伺いを立てながらだ。踊り始めて直ぐに、朱美はもう一つ理解した。
徹がポロシャツを『元に戻した理由』が。である。
踊るにつれ、ポロシャツ越しに胸が揺れていた。
正確にはそれが、まるで『徹の意のままに』なのかと思える。あるときは揃って上下に。またあるときは左右交互に縦揺れ。横揺れ。
勿論『持ち主』たる朱美は十分判っている。そしてその結果がどうなるかについても。下を見た所で『どうなる』ものでもない。
最早徹のされるがままに。朱美は諦めて仰ぎ見るしかない。
手を後ろにして目を瞑り『無抵抗』であっても、徹の手は腰から足、足から腰へと優しく撫でるばかり。
「私、そろそろ『シャワー』浴びたい……」
朱美の両足は震えていた。それでも腰を浮かせて耐える。
スコートを濡らしたくなかったからだ。いつもの徹なら、この『お願い』は聞いてくれるはず。
それにもう『硫黄島の施設』については、十分情報を得た。
「まだ『軍の様子』を教えていなかったね」
腰の動きを止めた徹が放った第一声。朱美は意外に思う。
しかし前に渡された『衣装』について思い出していた。
「もしかして『あの制服』のこと?」「そう。サイズ合わせた?」
「えぇ。ちょっと色々、直さないといけなかったけど。何とか」
「そうか。じゃぁ次はぁ」「ねぇ、徹さん? いえ、先輩?」
「んん?」「あの衣装じゃないと、ダメだったの?」「どうして?」
朱美の意見はもっともだ。何故なら『朱美の私服』は、全てオーダーメイドであるからだ。それなのに、よりによって『古い制服』を、わざわざチクチクと『サイズ直し』をさせるなんて。
「だってあの衣装? て言うか制服? 何かぁ、変なんですもの」
「それが良いんだよ。あれじゃないとダメ」「どうして?」
「だってあれさぁ、『本物の制服』なんだよ?」「軍のぉ?」
朱美が疑うのも無理はない。しかし徹が言う通り、それは確かに『硫黄島で使われていた軍服』なのである。
「ちゃんと『階級章』も入っているし『相当偉い人用』だよ?」
「いや判んないしぃ。でも、もう直しちゃったしぃ。もぉぉ……」
朱美は頬を膨らませながら徹を責め立てる。徹は笑うばかりだ。
「兎に角、あれを基に作れないし、あれを使うしか無いんだよ」
すると朱美は徹の腰に手を添えて、自ら立ち上がろうとする。
「でも、今からあれを着るんじゃ、ちょっと準備に時間が欲しいわ」
「確かにそれもそうだなぁ」
「ほら。私もどうせだったら『ちゃんとした姿』を見て欲しいし」
朱美の言う通り今度の『制服』は、実に『色々なパーツ』から構成されている。『テニススタイル』の比ではないのは確かだ。
「うーん」「ほら、徹さんも、少し仮眠しないとでしょ?」
「そうだなぁ」「だから、ここで一旦シャワー浴びて? ねっ」
朱美の説得に徹も頷く。それまで撫でまわしていた足を掴む。
「判った。じゃぁ」「うん。ありがとっ」
朱美の膝を交互に立てて、朱美が立ち上がるのを助ける。
「キャッ、先輩っ?」
両方の膝を立てた所で朱美は立ち上がろうとしたのだが、背中に回っていた徹の手が肩に回り『物凄い力』を感じる。
「先輩? どうしたんですか?」「このまま連れて行ってやる」
咄嗟に徹の肩に掴まる。このまま起立するのかと思い。
「え? ちょっと? 大丈夫です。一人で行けます」
変な姿勢だし、それに『そのまま歩く』なんて経験が無い。
「一人でイク? それはダメだ。俺はまだイッてない」
それからの徹は素早かった。朱美は持ち上げられるかと思いきや、曲げた両足まですっぽりと徹に抱え込まれてしまう。
後ろに倒れようにも、徹の足がそれを阻む。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
既に始まっていた。徹に揺さぶられながらも必死に考える。
しかし『何を』一体『どうすれば』良いのか判らない。諦めてもう『しっかりと掴まっている』ことしか出来ないと思える。
演技のことも、カメラのことも、何もかも忘れて。
「せ、せんぱいっ! あっあっあっ、せんぱいっ!」
両肩を押さえながら、ひたすら上下に揺すられている。
抱き抱えられた両足の上に、スコートが乗っていた。せり上がって動きが露わになっている。しかし抱き抱えられた朱美からは『見えない』のがせめてもの救いか。いや、表情を見るに『救い』ではないのか。大きな口を開けて、誰にも魅せたことのない表情へ。
「お前は俺のものだ。産毛の一本までな」「はい……」
下を向き、徹に顔を魅せるときだけ、何とか耐える。
「誰にも渡さない。もっと来い」「はいっ!」
「そう。いいぞ朱美」「はい」「もっとだ」「はいっ。イイッ」
「ほら踊れ」「あぁぁぁ」「もっと踊れ」「ああああっ、あぁっ」
「ほら。しっかりと押さえててやるから、安心してこのまま……」
「はい……。先輩も……きっ」「あぁ。俺も踊らせて貰う!」
「徹先輩っ、い、一緒にっ!」「朱美っ! くっ!」
録音レベルが一気に跳ね上がっていた。音が割れてしまう程に。




