海底パイプライン(十九)
勝はベッドの上で、眠れぬときを過ごしていた。息が荒い。
隣に静は居ない。さっきまで大騒ぎしていたのが、今は嘘のように静まり返っている。徹は大きく深呼吸して両手を頭の上で組んだ。
思い出す。三十歳手前で『課長の昇進祝い』として贈られたのが、吉野財閥のご令嬢である『静』であった。一体どういう会社なのか。
紹介された静は当時十八歳。まだ『卒業前』と言うことで、制服姿でのご登場であった。確かにそう見えるお姿。無口で上目遣い。
今から思うと、それも『演出の一部』だと思う。悪くない。
頑張って『小便臭い女』と思うようにしたが、それはどだい無理な話。付き合ってみると実際『どこもかしこも』良い香りがした。
それは『いつも同じ』ではない。出掛ける場所、時間、季節により実に様々。職業柄『匂い』には敏感だったのもあるが、狂おしい程に芳醇。実に多彩。そして華やか。正に『花束』を手にしたよう。
制服ではない、私服姿での立ち振る舞いは、正に淑女そのもの。
かと言って『寝て振る舞い』の方がダメかと思うと、決してそんなことはなく、寧ろ寝ても良し。立っても良し。逆立ちしても良し。
いやもう『何処でそんな技を覚えて来た?』と、逆にこっちが教わるばかりで、怖くなってしまう位だ。可愛過ぎて。
他の女のことは全く存じ上げないが『お貴族様は凄い』と思った。
当時はまだ『女に学歴は必要ない』と、そんな風潮が強い時代。
結婚してからも『料理教室に通っているの』と言っていたことを想い出す。あれは胸に抱き付いて来て、涙を浮かべながらだった。
一体『何』を料理していたのやら。きっかけは確か、結婚してから初めて迎えた『女の子の日』である。美しく赤い月が出ていた。
一緒に寝ようと後ろからそっと近づいて、抱き着いた瞬間までは良く覚えている。確かあの感触はブラ無しの興奮状態。いきり立つ。
何日か後だろうか。気が付いたら吉野病院の『特別室』にいた。
ずっと看病していてくれたのだろうか。目の前には静の姿が。目には大粒の涙を浮かべて。あのときの嬉しそうな顔ったら。そして直ぐに抱き付いて来た。頬にキスをしてくれてからの説明に驚く。
『ナイフの味見をしていたから……』『済まない……』
ほぼ同時だった。すると静は涙を拭いて、直ぐにもう一度キス。
何度も頬ずりしながら乗っかって来て。その後はムフフ……。
退院まで待てなかったのかって? あの様子じゃ無理だろう。
そう言えば今思い出したが、気が付く前に『誰がこんなことを』なぁんて警備の者に言っていたような? 何だろうこのモヤモヤは。
いや、昔のことだ。これは墓場まで持って行こう。
そんなことより想い出すのは、初めてなのに『初めてとは思えない』技の数々の方。存分に楽しませて貰った。勿論『今日』も。
何しろ抱けば抱く程に若く美しくなる姿に、心も体も躍るばかり。
仮に一晩いや一回。違うな。『一発で一週間若返る』としたならば、今頃静は何歳だろうか。五×五×五十二×(二十七-二)発。
幾つだ。あ、十二引き忘れた。判らん。小学生くらいかぁ?
そう言えば『初潮前の娘は妊娠の心配も無く最高!』なぁんて考えが根付いている地域があるそうな。世界は広い。『互いを尊重する』とか『多様性を認め合う』のが今の風潮ならば、それもまた文化なり。日本は『やっぱそれはまずくねぇ?』と、あくまでも『蓋』をして来たのだから、一応は嫌悪感を感じる。
いやいや。どうでも良い話だ。どうせ遠い異国のことじゃないか。
人生五十五年。独身時代『生涯現役』なんて言って、仲間と笑い合っていたが、結婚した今、その『生涯』とは、『実は今日までなんじゃないか?』と思う日々が続いている。
今日も静は凄かった。もうヒリヒリして堪らん(はぁと)。
戦場で背中の傷跡は『男の恥』と言うが、自分にとっての戦場は、この『ベッドの上』である。つまり夜戦での『背中の爪痕』については、寧ろ『漢の勲章』と言えるだろう。このヒリヒリが語る。
何しろ『銃剣突撃』を経験した『真の戦士』は、その経験の多くを『決して人には語らない』と言う。大いに判る気がする。
現に『阿鼻叫喚の熱き_潮』が飛び交う中、今日もまた一つ、いや『八つ』も加わったのだから。ふっ。やはり自慢にもならないか。
「どうしたの?」「んん? あぁちょっと『昔』を想い出してね?」
静の問いに、上を向いていた勝は視線を落とす。静と目が合った。
「あら、どんなことかしら? この感触は、『女』ね?」「うっ」
さっきまで勝の腰の上で踊っていたのに、静はまだ元気だ。
「静と『初めて出逢ったとき』のことだよ?」「あっあぁん」
静は上を向く。勝は片腕を伸ばしていた。
「『あの頃の私』と比べないで?」「何言ってんの。同じだよ」
徹の手を上から両手で押さえていた静は、徹の声を聞いた途端嬉しそうに徹を見る。確かにその眩しい笑顔は昔から同じだ。
しかし『恥かしいから』と、照明は新婚時代に比べれば『やや落とし気味』である。それでも『美貌』については今だ申し分ない。
「いや、この感触は『それ以上』かな?」
徹は両手を伸ばしていた。静はそっちの手もカバーする。
「そんなこと言ってぇ。何も出ないわよ?」
恥ずかしそうに体をくねらせる。例え嘘でも嬉しいのだろう。
「本当? もう『一滴』も出ない?」「えっ? 勝さん?」
寝たままの勝が『起き上がって来た』と判って、静もびっくりだ。




