海底パイプライン(十六)
徹が『怒ること』は滅多にない。特に朱美に対しては。
朱美だってそう。つい『口煩くなってしまう』こともあるかもしれないが、それは別に『怒っている』訳ではない。断じて無い。
徹の両手が下から朱美へと迫る。徹に睨まれた朱美は動けない。
仮に『首を絞められる』のなら、それは是非『息が止まらない程度』にして欲しい。そう願いながら朱美は目を瞑った。
徹の顔は今まで一番怖いかも。最後に見た『愛しい人の顔』が、あんなに怖い顔だなんて。もう見ていられない。息が止まりそう。
「いやぁっ!」
朱美が叫んだ。しかし徹の決心は固い。朱美に対し、手を止めるつもりはなかった。すると朱美の右手が枕を離して伸びて来る。
横を向いていた顔が逆側に反転して、左手で掴んでいた枕で顔を覆う。膝をクロスさせる程に両足を絞り込みながら。
徹の両手は朱美の腰を掴んでいた。そして勢い良く腰を引く。
朱美が叫んだのは『離れる瞬間』である。徹が『何』をしようとしているのかが判って、慌てたようにも見えた。
勿論『理由』を知っているのは徹だけである。ベッドの上で一人悶えている朱美を眺めながら、徹は朱美の左側へと移動する。
良い眺めだ。全身がくまなく、しっかりと映っていることだろう。
「そんなに恥ずかしがらなくても、良いんだよ?」「……」
朱美からの返事はない。寧ろ、益々枕に顔を埋めるばかり。
徹は『理由』を思い出してニヤける。それは初めての夜、紅に染まった朱美を味わっていて、感極まった瞬間であった。
朱美曰く、急ぎ離れた瞬間『大きな音がした』と言うのだ。
徹的には絶叫していて、全く気にも留めていなかったのだが、それを裏付ける『確かな感触』はある。だから否定出来ない。
ちなみに『どんな音がしたのか』については未確認である。朱美は真っ赤になった顔を何度も振り、頑として答えなかったからだ。
別に『相性が良い証拠』なのだから、そんなに恥ずかしがらなくても、と思う反面、『いつまでも初心なのだ』と可愛く思う。
「これからのことは、絶対に秘密だからね?」「……」
しかしだからと言って、今日の朱美を許すことは出来ない。
徹は朱美のすぐ横に座り込んだ。朱美は突然のことに、まだ驚いている様子。徹は構わず朱美の肩を掴んだ。返事なんて知らぬ。
横向きになっていた朱美の体を真っ直ぐ上に向けた。涎が出る。
「ここが滑走路っ!」「あああっ!」
徹は朱美の体に顔を近付けると、舌で真っ直ぐに線を引いた。
両手を広げ、朱美の上と下を押さえ付けながらだ。驚いた朱美が体をビク付かせたが、結局は膝を曲げただけ。とても逃げられない。
少し距離が長かった。舌をもう一度湿らせて朱美に問う。
「ちゃんと聞いていたの?」「あ、あのぅ、ごめんなさい……」
枕の隙間から朱美が顔を覗かせている。徹は思わず溜息をつく。
硫黄島のことを知りたがったのは朱美だったはず。それをちゃんと聞いていないとは何事だ。徹はヒートアップして行く。
「ああああっ!」「これは何っ!」「か、滑走路ですっ!」
徹はもう一度聞く。朱美は悶えながらも必死に答えた。
二度目なのだ。間違えているはずはない。それでも怯えながら、枕の陰から徹を覗き見る。すると徹が首を横に振ったではないか。
「違う。今のは『誘導路』だっ! 滑走路はこっち!」「あぁぁ」




