海底パイプライン(十二)
二人は見つめ合っていた。何故かキスさえもしてこない徹。
左肘をつき伸びた腕は、背面から朱美の肩を巻き込んでしっかりとホールド。朱美はその指先を覗き込む。いつ力が込められるのか。
一体何をしているの? まさかここまで来て、何もしない?
「徹さん?」「上着脱いだら、こんな感じのドレスだったんだね」
今夜の内に『硫黄島の情報』を得ておかなければならない。それなのに徹は『ドレスの素材』に目が行っている。そんなに珍しい?
肌には手も触れず、生地の方を手に取るって? しかも笑って。
「これ、殆どスケスケじゃん」「だから上着が必要。判るでしょ?」
朱美は苦笑い。何しろ今日『お義父さまも帰って来る』なんて、知らなかったのだ。急いで鰻を追加発注し、間に合ってホッとした。
「お義母さま、お食事のときは『赤』でいらっしゃるじゃない?」
もう! 徹は『そうだっけ?』な顔をしているだけ。お気楽ね!
止む無く『二回戦用を着用した身』にもなって欲しい。しかしお義父さまも居る手前、流石に上着を羽織る以外に選択肢が無く……。
「赤、着れば良いのに。凄く似合うと思うよ?」「あるけどダメェ」
「どうしてぇ。今から着替える?」「あらじゃぁ、退いて下さる?」
徹からの返事はない。それでも着替えを手伝ってはくれるようだ。
朱美が身に纏う黒のイブニングドレス。極薄の細長い布地の何本かを、体に巻き付けているだけに見える。二重になっていれば、やっと肌が隠れる程度の厚みしか。徹はその一本を、既に解いていた。
「気に入って、あんっ」
内ももに違和感。朱美は思わず膝を閉じる。無駄だと思いながら。
さっきまで『着替えに協力的』だった徹。その右手は何処に? 思わずのけ反った朱美は徹の顔を探す。しかし徹は知らんぷり。
「んんっあっあぁっ」『うそっ。どうして……』
男の人って大人になっても『成長』するのかしら。コレ、確かに徹。だけどち・が・うっ。まるで『二度目の初めて』のような!
そんなことってある? 久し振りだと? ああっあっついっ!
「綺麗だよ。凄く」
ごめん。今は何も。この体が、もう一度徹に馴染むまで待って。
「愛してる。俺の朱美っ」『んぐっ』「好きだ」『あぁ』
思わず漏れた吐息。朱美は不安を抱えつつ待ち続けるのみ。徹はその間激しいキスと、首筋からの旅路をゆっくりと味わい尽くす。
時計は無いが、朱美にしてみればそれは、とてもとても長い時間。
やがて朱美は徹を見つめ『何か』を訴える。しかし徹は五ミリだけ押し返し、震える唇だけを奪う。ドレスの解体は計画通りにして。
朱美の両サイドには『役目を終えたドレス』が、まるで長い髪のように広がっていた。両手の下にある白いシーツは汗としわまみれ。
徹は起き上がり、そんな朱美の姿を眺めていた。息も荒く恍惚。
朱美はあっと言う間に『二つ折り』にされてしまう。いや、徹の肩で朱美の膝が曲がったので、ここは『三つ折り』と言うべきか。
『あぁ、あああっ』
今度は声にもならない朱美。揺れながら『何か』を躊躇い、息だけを絞り出している。そんな朱美を、徹は申し訳無く思うばかりだ。
きっと結婚前『壁が薄い所ばかりだった』のが原因だと思っている。お詫びの口付けでご機嫌を伺うと、腕が徹の首へと巻き付く。
息継ぎの僅かな間。離れる度に吸い寄せられるのは、潤んだ瞳のせい。やがて背中の足首がクロスした。両足の五指が大きく開いて。




