ガリソン(十一)
「今日、梅雨入り宣言したから、明日から学校休みだろ?」
父が優輝に話し掛けた。琴美は驚いて優輝の反応を見る。
「うん」
優輝はテレビの方を見たままだ。『さも当然』と言ったように。
琴美は訳が判らない。梅雨入りしたから、学校が休みだと?
思考を整理中に、父から同意の目を向けられたので、とりあえず頷いた。一点気がかりなこと。それは試験の途中だったことだ。
「試験どうなるのかな?」
流石に梅雨入りで、試験が休みとか、そんなことは。
「そりゃぁ、お前」
琴美の問いに、父と母は笑って顔を見合わせた。
「晴れてからやるに、決まっているだろう」
父と母の顔は『お前は日本人だろう?』という感じの、疑いの目。
何だやるのか。やっぱり。いや、そうだよねぇ。
「そうだよねぇ」
琴美も笑いながら答えた。さも知っていたかのように。
「良かったじゃない。勉強する時間が出来て」
「そうだぞ。ほら、今度は日本史の試験って言ってたじゃないか」
琴美の答えに、父と母の顔がいつもの笑顔に戻る。しかし、父も母も他人事である。
笑いながらのん気に言うと、日本の歴史シリーズDVDを目の前に薦めて来た。
うんざりする。年表の暗記とか、あまり好きじゃない。
琴美はDVDを手にして席を立った。とりあえず頭の中が混乱している。こいつを少し、スッキリさせよう。
「ごちそうさま」
「はーい。お風呂入るでしょ?」「うん」
「じゃぁ、最後だから火消しといてね」「判った」
これも、母と娘のいつもの会話だ。そうに違いない。
琴美は手に持った日本の歴史DVD達を部屋に置くと、風呂場に向った。
今日は、何かおかしい。何も変わってはいないのだが、何かが違う。何だろう。この感覚。
まるで、見慣れた『違う世界』に来てしまったようだ。
そう考えると、琴美は恐ろしくなった。
もしかしたらあの瞬間、自分は死んでしまったのではないか?
ここは天国なのか? 琴美は湯船の中で、自分の足を探す。
「あるじゃん」
当たり前だ。足はさっきからくっ付いている。
ここまで歩いて来たし、さっき洗ったではないか。溶ける程ではないが。
あぁ、よく洗ったら細くなってくれたら嬉しい。あと、ついでに伸びてくれたら、なお嬉しい。
ふと琴美は浴槽に口まで浸かってブクブクやりながら、湯船からはみ出している自分の『おみ足』を眺めていた。
その視線の先、風呂の窓を見て顔をしかめる。
ビニール袋が被せてあり、それがガムテープで塞がれていた。琴坂家あるあるだ。きっと優輝がおもちゃでも当てて、ガラスを割ったのだろう。仕方のない奴だ。
琴美は興味本位で、ガムテープをそっと剥がす。そして、ビニール袋を持ち上げた。
しかし不思議なことに、ガラスは割れてもいないし、ヒビも入っていなかった。
「何だ?」
そのままペタペタと元に戻し、琴美は風呂を出た。
寝巻きに着替えてダイニングに行くと、まだ三人がテレビを見て笑っている。
何時から家の家族は『アニメ好き』になったのだろうか。
「ねぇ」
琴美が三人に声を掛ける。
「ん? もごもごぉ?」
「どうした?」
琴美が声を掛けると、母と父が振り返った。アニメを見ていても、娘の声には反応できるようだ。
優輝の奴はアニメに夢中だ。まぁ、奴に用事はないので放置。
それと、母の返事がもごもごしているのは、大福が口に入っているからだ。一生懸命飲み込もうとしているが、まぁ、ごゆっくり。
大した用事じゃありませんので。
「お風呂の窓、割れたの?」
琴美がそう言った瞬間、父の顔色が変わり、母は胸をドンドンドンと叩き始めた。