海底パイプライン(十)
主寝室に朱美を連れ込むと、肩に掛けていた朱美の両手に力が。徹が気が付いて下を向くと、笑顔の朱美と目が合う。
お姫様抱っこで運ばれて来る間、朱美は頭をピッタリ徹の胸に付け、大人しく抱かれていた。下を向き、てっきり恥ずかしいのだと。
「ありがとう」
そう思っていたのは徹だけのようだ。実は嬉しかったのか。
目を瞑りながら顔を近付けて来たので、思わずこちらも瞑る。すると朱美の唇は首元に吸い付き、あっと言う間に腕から飛び降りた。
急ぎ用意されていた寝室用のスリッパに履き替える。そのまま洗面台の方へと逃げる朱美。今更乱れた裾を直しながら。勿体ない。
『待っててね』
声は聞こえない。恥ずかしそうな唇がそう語っている。
直した裾から『足が見えていないか』を気にしているが、無駄な努力だ。あと数分、いや数十秒で露わになる。してみせる。
徹が『後を付いて来ないか』を確認するために振り返っているが、それも明らかに無駄な努力。徹はわざわざ追い掛けたりはしない。
『バタン』『カチッ』『カチャン』
何処にも逃がすものか。寧ろ振り返って扉を閉めた。
二重ロック。主寝室の出入口はこの扉のみ。もう朝まで、何処にも逃げられはしない。朱美の笑顔も、何もかもが思いのままに。
徹は深呼吸しながらベッドの方へと歩き出す。寝室は低い位置の照明が煌煌と照らしている。真っ暗になんてする訳がない。
しかし『洗面台の明かり』は計算外。徹は何気なくそちらを見た。
『ああん。もうちょっと。向こう見てて』
鏡に映った朱美と目が合った。とても恥ずかしそうにしている。
途中から口元を隠してしまったので、身振り手振りから多分そう言っているのだろう。目を逸らす振りをして再度覗き込む。
『もうっ! 見ると思った。向こう見てて!』
笑っている。ちょっと頬を膨らませて、もう一度手を振られてしまった。別に怒ってはいないだろう。怒っているなら、扉を閉めれば良いだけなのだから。
向こうを見てろと言われたので、徹は朱美の指示に従う。
屏風の向こうにある『衣装掛け』を覗き見た。そこには奥の衣装室から、朱美がチョイスした『お着換えの数々』が並んでいる。
『こんなに用意しちゃって。次はこの衣装か? すっごいなぁ』
心に思うだけに留める。徹は思わず一番手前の衣装に手を掛けた。
朱美も『朝まで頑張るつもり』なのだろうか。ズラリと並んだ衣装やら下着の数々。色も長さもまちまち。『ジャンル』も含めて。
朱美が纏った姿と、乱れた姿を想像して思わずにやける。しかし手前の二、三着を吟味するに留め、それ以上は眺めるのを止めた。
お楽しみはこれからだ。それに『実物』を見て、思いのままにした方が、良いに決まっているではないか。屏風の外に出た瞬間だ。
「お待たせ。あらダメよ。恥ずかしいっ」「見てないよ。何も」
徹は両手を上げて答えた。実は『屏風の向こう』は、『絶対に覗き見ない』約束となっている。勿論それは、『朱美が着替え中は』という条件付きであることを、朱美は知らない。今作った。
「もう。秘密なんだからぁ」「判ってるよ。じゃぁ『こっち』は?」
朱美が抱き着いていた。さっきと同じく、頭を徹の胸に付けて。しかし徹の問いに、黙って顔を上げる。目が合い、チラっと横に。
答え合わせは直ぐ隣の『天蓋付きベッドの上で』か。了解!




