海底パイプライン(五)
言い出しっぺは朱美だが、話題が明後日の方に行ってしまって一人取り残されてしまった。愛想笑いにも嫌気が差す。
感の良い楓のことだ。もう大人だし、何処に行ってしまったのかは知らないが、何かを察して席を外しているに違いない。
「あの子『塾ってレベルが低いからもう良い』って止めちゃって」
急に『行きたい』とごねたら『辞めたい』も急であった。
静は思い出して、呑気に『クククッ』と笑っている。
「大体『家庭教師』付けてんのにさぁ、塾行く必要性がないんだよ」
徹が肩を竦めて補足すると、勝が箸を持ったまま手を上げた。
「単にさぁ、家から外に、出たかっただけなんじゃないのぉ?」
静から『お行儀が悪い』と睨まれて、急いで漬物を摘まむ。
「どうせ『車で送り迎え』なのにぃ? 買い食いなんて無理だし」
徹が箸を持って振り回しながら笑う。母親の睨みは効かないのか。
「そうよねぇ。先生『車中で講義する』って言ってらしたような?」
しかし肝心の静が、箸を持ったまま考え中である。勝は漬物をポリポリしながら、『何だよ俺ばっかり』と思う次第だ。
「でさぁあ? 何の話をしていたんだっけ?」
話題を変えようとしたのは、漬物を飲み込んだばかりの勝だ。
朱美はここぞとばかりに、直ぐ『硫黄島』と言いたい。しかしそれは『情報をせびっている』と思われる可能性を鑑みて言えない。
「ほにょにょ(ポリポリ)……」「い(ポリポリ)……」
静も徹も漬物を口に運んだばかりのようだ。何か言いたそうにしているが、口を押えて良い音をさせるばかり。
そのまま二人揃って頭を振り、朱美の方を何度も指す。勝は『親子でそっくり』と思いながら朱美の方を見た。
「えっ、私? ですか?」
目が合った朱美は日の浅い家族として、ちょっと慌ててみる。
すると全員が頷いて、申し訳なさそうにしているではないか。
「あぁ『硫黄島の娯楽について』でしたっけ?」「そうそう」
まだ歯の間に漬物は残っている徹から、直ぐに援護射撃が。
朱美はホッとして徹に笑顔を返す。ご褒美に足を揺らし、スリットから太ももをチラつかせば、笑顔の徹は眉毛をピクリとさせて。
黒い衣装から垣間見える、むっちりとした太もも。流れるような曲線に導かれて視線を送れば、ふくらはぎまでくっきりと。
ハイッ。そこまで。これ以上はテーブルが傾くので『お預け』。
漬物を飲み込むには十分過ぎる量の『唾液』が分泌されたはず。さぞや『ゴクリ』とスムーズに飲み込めたであろう。
「まっ、『歓楽街』みたいなのは、全然無いねぇ」「ええっ?」
勝の声が右耳へダイレクト・インしたことによって徹が振り向く。
「そうよぉ? 若い娘が一人で行ったら、もう大変っ!」「まぁ」
同じく朱美の左耳に静の声が。勝も静も『味噌汁の揺らぎ』から、テーブルの下で『何』を見学していたのか気が付いたのだろう。
「島にいる『女の人』は、確か食堂のおばちゃん一人だしねぇ」
静の説明に目の色を変えた朱美が、思わず口を押えて問う。
「まさかその方が、皆さんの『お相手』を、なさるんですかぁ?」
再び静寂が。しかし朱美が『気まずい』と思うのは一瞬である。




