海底パイプライン(四)
「家族専用のビーチがあったりするんだよねぇ」
口を挟んだのは徹だ。ニコニコ笑って頷きながら。それは、金持ちならではの『自慢』と言うよりは『童心に帰って』に近い感覚。
実は徹も、硫黄島には行ったことがあるのだ。
「梅雨休みに合わせて、ずっと来てたもんなぁ」「うんうん」
勝も実感を込めて、実に楽しそうである。静も上品に口を押さえて笑っている辺り、家族で楽しい思い出を作った場所なのだろう。
その手を縦に振りながら、会話に入って来る。
「徹ちゃん『鮫に襲われたっ!』とか言っちゃってねぇ」「えっ!」
朱美が驚く。ニコニコ笑いながら言うことではない。
「違うよ『鯨』だよ」「ええっ!」「あら、そうだったかしら」
朱美は驚き過ぎて静と徹を交互に見てしまう。
「あれは『傑作』だったなぁ。ヒヒヒッ!」
真意を確かめようと勝の方を見た。しかし『そんなこともあった』とばかりに腹を抱えて笑っている。とても聞ける状況にはない。
「ほら、朱美さんが驚いているじゃない。その辺にして差し上げて」
静が笑い過ぎの男二人を嗜める。互いに指さし合って、まだ『ああだ』とか『こうだ』と言い合っている。仲良し親子だ。
しかしそう言う静も、思い出してまだ笑っているではないか。
『その話題じゃなくてですねぇ……』
喉まで出掛かって飲み込む。朱美は苦笑いするばかりだ。
今欲しい情報は『ビーチ』とか『海洋生物』ではなく、『ガリソン施設に関する情報』なのだ。先ずは取っ掛かりを。
「すまんすまん」「つい盛り上がっちゃって。後でね」
幾ら盛り上がっても、静の『チクリ』は聞こえていたようだ。
二人はちょちょ切れた涙を拭いながら、互いの伴侶を先ずは気遣う。すると勝の表情が『フッ』と変わった。朱美は身構える。
「そう言えば、楓はどうしたんだい?」
「ちょっとぉ、勝さんたらぁ」「今頃気が付いてどうすんのぉ」
静は『さっき言ったような』と思っているし、徹は『最近はいつも居ないじゃん』と思っている。何れにしても曖昧な記憶だ。
一方の朱美は『硫黄島硫黄島』と思うのみ。かと言って、責める静と徹の中には入り辛い。ひたすらに困った顔をするだけだ。
「いやぁ鰻食べたら、楓がウツボ捕まえて来たのを思い出してねぇ」
どうやら硫黄島の『想い出の一頁』には、そんな記録もあるのだろう。可愛い水着姿の楓が、銛の先に刺さったウツボ高く掲げている写真とか。きっと尻尾は地面に付いている、みたいな。
自分で捕獲したのか? だとしたら、化け物幼稚園児か。
「あらやだ。全然違うじゃなぁぃ。何て言うかねぇ?」
「そうだよ。かば焼きにしても、鰻とは似ても似つかないでさぁ」
ちょっと待って。突っ込みに夢中で、誰もこの場に『楓が居ないこと』を、気にも留めてはいないようだ。確かに用意された鰻は『四人前』だし、楓が門限を守らないのはいつものことだ。
「あのぉ、今日、楓さんは?」「んん?」「どうしたんだい?」
「あら今日は、『塾』だったかしらぁ?」「母さんちょっと!」
「違う?」「一回で辞めちゃったでしょ?」「そうだったわね!」




