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海底パイプライン(一)

 弓原家の食卓に男の姿があった。かれこれ三カ月ぶりだろうか。

 と言っても別に『部外者』ではなく、列記とした『家族』である。

 一人は弓原家の当主にして、帝国石油の取締役である『まさる』だ。硫黄島のガリソンプラントよりの御帰還である。

 硫黄島のガリソン関連設備と本土までの海底パイプラインは、厳重な警備の下にあり、その警備を一手に負う『長』としての立場だ。


「鰻なんて久し振りだなぁ。美味い美味い。いやぁ、今までお魚と言えば、『海の魚』ばっかりだったからなぁ。大トロとか」

 普段から温厚にして人当たりも優しい『紳士』であるが、妻である『しずか』は知っている。そう。夜は『狼』であることを。


「勝さん、もっとゆっくり味わって頂いて、良いのよぉ?」

 そんな夫が必死になって『普段と同じよう』にしているのを、気が付かない振りをしている。明らかに勝の目が『血走っている』のだが、そんなことはお構い無しにだ。


「ほら。ご・は・ん・つ・ぶっ」「あぁ、すまん」

 静の細腕がスッと伸びて来て、人差し指が勝の唇を捉える。

 箸を置く間も無くかすめ取られて、ご飯粒は静の人差し指の上に。今更箸を置いてホッペを擦って見ても、ご飯粒の感触は無い。

 勝は遠ざかる静の指を目で追うばかりだ。あっという間に静の唇へと吸い込まれてしまった。指を舐めている。見ていられない。

 と、次に見えたのはトロンとした表情の静である。少しだけ上目遣いの瞳を見た瞬間に、勝はたちまち吸い込まれてしまう。


「お父さん、鰻はね、稚魚のときは海にいるんだよ」

 息子の声に勝は我に返る。そう。今は家族で会食中であった。

 危うく妻に襲い掛かる所だった息子を戒めて、もう一人の息子へと目をやる。下でもなければ上でもない。真っ直ぐに前を向いて。

 声を掛けたのは勝の正面の席、息子の『とおる』である。


 徹は新婚二週間目で『富士山測候所』に転勤となっていた。

 それから三カ月。妻との思い出を毎晩反芻しながら、悶々とした日々を過ごして来たのだ。合間に観測という仕事をしながら。

 偶然にも今日、勝と同じ日に自宅へ帰宅した形となる。


「でもそれは、『かば焼き』にはならないんだろう?」

 重箱を持つ方の肘をテーブルに突き、徹の方に伸ばしている。反対の手に持つ箸を回しながら指し示す。大分お下品だ。


「まぁ、それはそうだけどさぁ」「ほらぁ」

 体を反らせると今度は箸を振り回す。東大卒の息子が困った顔になってご満悦だ。やっと上品に鰻を食べ始めた。さぞや美味かろう。


「あらあら」「ふふっ。これは一本取られましたね」

 部屋の雰囲気からして、明らかに『上級国民』の類になるのだろうが、本人も家族もそれを気にはしていないようだ。咎めるでもなく、一緒になって笑っているではないか。それもそのはず。

 今日は客人が誰も居ない、気楽な『食事会』のなのだから。


「徹さん、お酒如何ですか?」「あぁイイネェ。頂くよ」

 良いタイミングで酒を勧めたのは妻の朱美だ。『上司のお誘い』を全て断ってこの食事会に挑んでいる。準備は万端。抜かりなし。

 手元にあるお銚子の中身は、特別製の『マムシ酒』である。

「おっとぉ」「お口に合うようでしたら、まだありますからねぇ」

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