アンダーグラウンド掃討作戦(五百三十九)
「話しは付いたか?」「えぇ。金の方は」「うん?」
黒電話から戻って来た高田部長に、本部長が問う。目の前に突き出された左手の仕草。親指と人差し指で輪を作っているのは、『OK』にしか見えないが。角度が変か?
それでも了承するのが本部長としての役割。責任は取ってやる。
「じゃぁ、しっかりとな。頼んだぞ?」「お任せください」
大佐を起こす役を託したのに、肝心の高田部長は何をするでもなく、ニコニコして突っ立っている。それもそのはず。別のことを考えていた。牧夫が打ち上げの場所取りをしないのなら仕方がない。だったらもう、万世の最上階で決まりだ。
悩む必要なんて一ミリもない。伊勢海老から始まって。
「何突っ立ってんだ? 早くしろっ!」
イメージトレーニングを始めた所で打ち切られる。
まだ『メインの肉』に辿り着いていないのに。見れば本部長が渋い顔で、何度も大佐を指さしているではないか。
「とどめですか?」「馬鹿っ! 逆だ。起こせっ!」「何だぁ」
振り上げていたナイフを素直に仕舞う。どうやら出元は腰の後ろか。本部長も両手を降ろした。
「そんじゃまぁ、行きますよッ! とぉ!」「うぅうぅ」
両肩を掴んで背中をグッと押すと、大佐が息を吹き返した。
首をグリグリと回しながら『ここは何処だ』と確認している。
と、そこへ本部長の顔が見えたものだから驚く。いきなり立ち上がり、姿勢を正して敬礼をしたではないか。
「良い夢見たか?」「あっ、あぁ、違いましたね」
大佐の脳裏には、今までの情景が素早く過ぎ去っていた。
水漬く屍に成り掛けたあの日、草生す屍になり損ねたあの瞬間に、救いの手を伸ばしてくれた恩人である。
そして命令とは言え、恩人の命を切り捨てたのも事実。
「作戦はもう終わったぞ?」「函館の?」「馬鹿、違うだろっ」
ニヤッと笑うと、親指を縦に振って後ろのスクリーンを指さした。
そこで大佐は思い出す。しかし本部長と同じように笑うことなど出来なかった。寧ろ凍り付く。
思い出したのは『アンダーグラウンド掃討作戦』のことではない。
『奴をぶっ殺すまでは、『函館作戦』は、終わらねぇんだよ』
本部長の言葉だ。笑いながらだった。
確かそのときも親指を立ててはいたが、それは今と違って振っていたのは横方向。だからもし『ピクリ』とでも動いたら、即『殺される』と確信していた。もう、後は立ち去るのを見送るのみ。
「もう、終わりましたか」「まぁ、後はお前次第だ」
意味が判らない。肩を竦めた本部長が歩き始める。
その方向に沿って視線を動かすと、今度は高田部長の顔が現れる。思わずギョッとなった。気持ち悪い笑顔だからだ。
「うちら『打ち上げ』に行くけど、そっちは『反省会』なんだろ?」
「えっ? あぁそうです」「軍隊は大変だなぁ」「で、どうする?」
そこでやっと意味が判った。しかし大佐は慌てて両手を振る。
「最近は接待とかダメなんで」「えぇ? 俺達の誘いを断るのぉ?」
「勘弁して下さい」「地獄に招待してやるのに」「天国でも良いよ」
「まさか『銀座のママと反省会』って、訳じゃねぇよなぁ?」




