アンダーグラウンド掃討作戦(五百三十八)
『えぇ? いつもだったら事前に連絡あるのに。業務外ですよね?』
正論を言っている牧夫だが、その声は実に弱弱しい。
どうせ何だかんだ言って、選択肢は『出席』しか無いのだ。
「そうか。お前は仕事の線引きを『時計の針』で引くんだなぁ?」
正直意味が判らない。多分、言っている本人も意味なんて考えてはいないだろう。何となくでも自信を強く持って、小麦粉でも屁理屈でも思いっきりこねくり回せば良いと思っているのが丸判りだ。
つまり稲庭うどんは好物である。ツルンと何杯でも行けちゃう。
『だって今日は『打ち上げやるぞ』って言ってなかったから、予t』
「言い訳は要らんっ! お前はそうやって直ぐ人のせいにするっ!」
牧夫の悲痛な言葉が、怒鳴り声で遮られてしまった。
その瞬間、富沢部長と朱美は渋い顔で見合わせる。酷い顔だ。さっきから耳を象の鼻のようにしていた。
当然のことながら『欠席』の方に丸印を付ける決意を固めている。
「どうする? 行くの?」「まさか」「だよね」「当然」
聞こえないようにヒソヒソと。何故か千絵も一緒に頷く。
仕事が終わってから高田部長に付き合うつもりはない。本部長と二人で何処でも行けば良いと思っている。
『してませんよ』「してる」『してませんってば』「いいやしてる」
何やら不毛な言い争いが始まってしまった。こうなると厄介だ。
『だから『人のせい』になんて、してませんってばぁ』
「してんだよ。そぉいぅのを『してる』って言うんだ。覚えとけ!」
一喝して抑え込む。ホラ黙った。高田部長はほくそ笑む。後は牧夫に店を探させれば良い。
『じゃぁ可南子が切れる前に、説明頼みますよ?」
牧夫は幸運にも社内結婚である。可南子もかつては『薄荷飴』の一員であった。
だから高田部長も『どんな女』かは良く判っている。
「何だよ。可南子ちゃんと約束してたのかぁ?」
一気に形勢逆転である。顔が全体的に歪んでいた。
カッコつけの高田部長にしては珍しく、人には絶対に見せられないような酷い顔で。それ程のインパクトとは。
『そうですよ。絶・対・殺されますよぉ?』「……」
面白いからと言うだけの理由で、可南子との縁談について、牧夫には内緒にしておいたことがある。
可南子は、軍の工作活動を行う『黒豹部隊』出身の、列記とした『暗殺者』なのだ。
『どうします? もう直ぐ『定時連絡』なんですけど?』
流石の高田部長も、怒った可南子は相手にしたくない。いや、そもそも相手にして貰えるかも怪しい。
せめて『にっこり笑ったままナイフで刺される』位だったらまだ良いが、『対物ライフルで後ろから頭を吹き飛ばされる』とか、『NJS本社ビルごと爆破される』とかだったら、目も当てられない。
「じゃぁ良いよっ! 後で会費だけ徴収するからなっ!」
『えぇー、なn』(チンッ)
高田部長は受話器を放り投げていた。不満気である。
しかし予算については『これで目途が付いた』と確信していた。




