アンダーグラウンド掃討作戦(五百三十三)
「知らんっ!」「おいぃぃっ!」
大きな声を出したから、ではないだろう。
ブラックホークの『取扱説明書』に、そんな注意事項があるとは思えない。しかし突然計器が賑やかに点滅し始めた。警告音まで。
『ピィピィピィ』「しっかりしろっ! もうちょっと頑張れっ!」
操縦桿を握る手に力を込めている。一目で判った。見ている方の黒田にも、思わず力が入る程に。手伝えないのがもどかしい。
何しろ『真っ直ぐ飛んでいる』と言うのに、操縦桿をグニャグニャと動かし続けて。見れば足だってバタバタしているではないか。
それでいて『ゴール』はもう目の前。『外』が見えている。まるで『ゴールライン』のような、横一文字の切れ目がそう。
「おい、手前で降ろした方が良いんじゃないか?」「何だってぇ?」
頑張っている黒井には申し訳ないが、既に黒田は辺りをキョロキョロして『空き地』を探していた。
調子が悪くなったのなら『緊急着陸』をするのが普通だろう。何しろまだ『飛んではいる』のだから、落ちる前に何とか。
『プゥプゥプゥ』「もう降ろしちまえよっ! ほらあそこっ!」
ポッカリと開いた土地が見える。黒田は直ぐに指さした。
ブラックホーク一機を手に入れるのに苦労はしたが、ここで墜落して命を落としてしまったら、元も子もない。
しかし黒井はそっちを見もしないで操縦に夢中だ。
『ビィビィビィ』「無理だ」「何でだよ。ホラッ、ソコソコッ!」
どう見ても『降りる速度』ではない。飛行経路も違う。
黒田が指さした地点は完全に無視されて、ヘリはビュンと通り過ぎてしまった。しかし不貞腐れていても仕方がない。次の場所だ。
「コントロール出来てないからっ! このまま行くしかないっ!」
パイロットでも無い黒田に、細かい説明をしているヒマは無い。
確かに手足をバタバタしている『意味』について、黒田は何も判らない。しかしその結果、ヘリは兎に角『真っ直ぐ』には飛んでいるのだ。そんな機長のどこに文句を付けろと言うのか。
聞いた所で『納得して死ねる』こと以外に、何も思い付かない。
『ピピピッ』「頼んだぞっ!」「ホラ、逃げるなら『今』だぞ?」
振り返った黒井の顔。良い笑顔だ。ウインクしながら顎で示したのは、恐らく『パラシュート』であろう。すると黒田が動いた。
助手席の方に寄り掛かり、黒井に笑顔を返したのだ。目が合ってからは伏し目がちになって、首を横に振る。手も横に振りながら。
実際、ここで飛び降りたとしても高度不足だ。助かりはしない。
「しっかり掴まってろっ!」「後席に『シートベルト』あるかなぁ」
互いに笑ってはいたが、二人はもう前を見つめていた。
そもそも土手の上に見える『隙間』は、ヘリが通れるのだろうか。
多分誰も想定はしていないし、経験した者もいないだろう。
「いっけぇぇっ!」「いいぞ、そのまま、そのままっ!」
前を向いている二人の視界に入ってはいないが、このときヘリの上部から『黒煙』が噴き出していた。焼け焦げた臭いも。
『ブルルルルルルッ!』「回れ回れっ!」「もうちょいだっ!」
煩い警告音の中、それでもエンジン音を聞く限りは順調に思える。
「「サンッ!」」「「フタッ!」」「「ヒトォォォォッ!」」
声を合わせての『カウントダウン』が始まっていた。




