アンダーグラウンド掃討作戦(五百十九)
左右に揺れるヘリの中で、黒田は起き上がった。
操縦席の方に行こうとするが『上り坂』である。だから掴まりながらだ。また右へ倒れる、と思ったら左へ。
やっと辿り着いた黒井の横で、黒田は前を覗き込む。
「おい、ここ何処だ?」「判んねぇ! 東京!」
「それは判ってるって。どっちに向かってんだてゆーのっ!」
「だから判んねぇって言ってんだろうがっ! 忙しいんだよっ!」
兎に角『逃げるのに必死』な黒井が前を向いたまま切れている。
「それでもパイロットかよぉ」「うるせぇっ! 蹴り落とすぞっ!」
前を見ろ。と、言いたい。あ、向いた。目がマジだった。
仕方がない。黒田は目を薄目にしたり、皿のようにしたりして『居場所』を確認し始めた。
廃墟が並ぶアンダーグラウンドで、『目印』になる物を探すのは容易なことではない。特に高速で移動している時は、遠くの『動かない物』かつ『大きな物』を目印にするべきなのだが。
探してみると、そう都合良くは見つからないものだ。
「おい、正面、あっちの方『隅田川』じゃねぇか?」
身を乗り出して黒田が指さす。何だか都合良く見つかった。黒井の頭も前へ。きっと目を細めて確認しているのだろう。
「そうかぁ?」「そうだって。ありゃぁ、隅田川の堤防だろう?」
黒田が言っても黒井はイマイチ『確信』が持てないようだ。ちょっと首を斜めにして、『上を覗き込む』ようにしている。
「首都高がねぇじゃねえかよっ!」
確かに隅田川沿いなら、首都高速道路六号向島線が走っている。
「はあぁ? 何だぁ『首都高』って?」「高速道路だよっ!」
しかしそれは『黒井が居た世界』の話であって、じつは『この世界』には存在しない。だから生まれも育ちも『この世界』の黒田が、『首都高速道路公団』を知らないのは当然だ。
「それに首都は千年前から『京都』だぞ? お前、大丈夫かぁ?」
心配しているのだろう。黒田の左手が伸びて来て、黒井の額に添えられる。黒田は首を傾げた。
「うるせぇ判ったよっ! 行きゃぁ良いんだろっ、行きゃぁ!」
黒田の腕を振り払う。丁度『左側一杯』に寄せた所だった。
操縦桿を右にグイッと倒し、『多分隅田川の堤防』の方へと向かう。隅田川に出さえすれば下流なら海へ、上流でも荒川に出られる。
何れも待っているのは大空。もうこんな狭い所は勘弁だ!
『バババッ』『チンチンチンッ!』「このヘリ、丈夫だなぁ」
黒田は感心していた。さっきから被弾はしているのだが、エンジンは快調だし、何だか撃墜される気配がない。
「エンジン守って飛んでるんだろうよっ!」「へぇえぇ」
黒井が得気に言うのに対し、黒田は相槌は冷めた感じだ。
「何だよ。もっと褒めてくれても良いんだぞぉ?」「凄い凄いぃ」
念押しに言ってみても、余計酷いことになってしまっている。
「じじぃっ! テメェこの野郎っ!」「前見ろ前っ!」
切れた黒井に黒田が左手を振りながら『堤防』を指さす。
必死か? いやぁ。黒田はあくまでも、『笑いながら』だ。




