アンダーグラウンド掃討作戦(五百十七)
「ちっ、悪あがきがっ!」
今度崩れたのは木造住宅のようだ。舞い上がった砂埃から、何枚かの屋根瓦がパランパランと零れ落ちている。
咄嗟に操縦桿を引く、訳がない。無視だ無視。何の支障になるものか。井学大尉は『フッ』と鼻で笑っている。
寧ろ操縦桿を前に倒して『加速』を選択。奴らに『抵抗は無意味だ』と判らせてやる。加えて『廃屋の最後』を眺める余裕まで。
崩れ落ちる梁や柱が絡み合い、絶妙なバランスを保っている。しかしそれも、上から覆い被さる屋根の重みが加わると崩壊へ。
耐えていた木材が折れ、細かい破片が飛んで目の前に。しかし井学大尉の表情は変わらない。そんな物で『何になる』と思う。
「看板がっ!」「どうした? 『スナック朱美』のかぁ?」
臼蔵少尉の叫び声に井学大尉は笑いながら顔を上げて前を見る。
するとそこには、思い描いていた看板とは図柄と言い大きさと言い、随分とまぁ違う物が迫って来ているではないか。
井学大尉の表情が途端に変わる。思わず飛び出した声も大きい。
「イイネェ! 『水着姿』じゃねぇかっ!」
一転して『笑顔』になっていたのだ。肌の露出は多い方がイイ!
しかし井学大尉に向かって『揺れながら飛び込んで来る』には遠過ぎた。更に加速して『抱きしめる』のも悪くはない。
残念。もう道路にまで落ちて、ヘナヘナに折れ曲がり始めている。
「あいつら、何がしたいんだぁ?」「必死なんですよぉ」
追う立場の二人はすっかり呆れていた。もう敵は見えている。
しかも、まだ『妨害工作』を企んでいるのだろうか。道路の左端を真っ直ぐに飛んでいるではないか。狙い撃つのにお誂え向きだ。
当然のことながら、臼蔵少尉は引き金に指を掛けていた。今度こそ外さない。よぉく狙って狙って。
一方の井学大尉も『発射スイッチ』に左手を添えていた。勿論『スティンガーミサイル』のだ。今度こそ外すまい。
シュッと飛び出せば、ヘリなんてたちまち『火の玉』だ。
しかしそのとき、誰もが知らない所で『異変』が起きていた。
『! ガッ!』
いち早く気が付いたのは井学大尉だ。操縦桿を一気に右へ倒す。
『ポチッ! シュパーンッ!』
同時にスティンガーミサイルの発射ボタンも押していた。正確には『押してしまって』いた。それでも発射命令は取り消せない。
臼蔵少尉も予期せぬ右への方向転換に、体が左へと振られる。
声を上げる間もない。同じく『何発か』は撃ってしまったかもしれないが、それは引き金から手を放してしまったので止まる。
止めたのではなく『止めさせられた』と言うべきか。体を保持するために腕を伸ばしていた。
何しろ次の瞬間、座席と一緒に右へと回転し始めたのだから。
屋上に設置してあった看板鉄塔が崩れた衝撃で、廃ビルが崩壊を始めていたのだ。OHー1は乗員を守るため、操縦席は『全面防弾』となっているが、残念ながら『防廃ビル』とはなっていない。
「おかあさぁぁぁんっ!」
臼蔵少尉が叫んでいた。漏らしてしまうのかまでは、不明だ。




