アンダーグラウンド掃討作戦(四百八十八)
壁に衝突した瞬間のことを、黒田は良く覚えている。
築何年、いや、日の目を見なくなって何年だか知らないが、見た目にも随分と脆くなっていると判った壁であった。
『これなら行ける』『グワッシャーンッ』
そう思って、思わず足を前に出したのがいけなかったと思う。
『ありゃ。窓に板を打ち付けただけか? と言うことは?』
結果的にアルバトロスを、高速で『本部にお届け』したことになってしまったのだから。迷惑な話だ。
あんな奴を本部に叩きつけてしまったら、一体どうなるか。
『ドォゥオゥオゥオゥオォォンッ』『グゥゥゥッ』
ここが窓ということは下は当然『壁』である。
人生で『壁にぶち当たる』ことは、そう多くはないかもしれない。
きっとアルバトロスの『我儘な性格』は、奴がこれまでに『挫折』という名の壁に、突き刺さったことが無かった証左と言える。
いや、この見た目は『証下』と言った方が良いだろうか。
『メェリメェリメェリィィ』『わぁあぁあぁあぁッ』
アルバトロスの体が壁にめり込んで行く。ひび割れが走る。
小さな複数のクラックが、一斉に弾け飛ぶのが見えた瞬間、それは起った。崩壊である。壁の。
長らく風雪に、来ないか。長きに渡って手入れもされず、時間が経つままとなっていた壁が、この一瞬に於いて一気に動き出す。
壁も『まさか最後はデブが衝突とは』なんて、思ってはいなかったに違いない。『ここ、三階だぞぉ』とも思ってはいないだろう。
『おっと、いけねぇや』
窓で良かったとか、ニヤニヤ笑って下を見ている場合じゃない。
このままでは自分までもが崩壊する本部へと、置き去りにされてしまう。黒井のことだ。奴はそれを期待しているに違いない。
そうはさせじと腕に力を入れ、『上昇』を試みる。
『んん? ちょっとやヴぁいかぁ?』『バァリバァリキィキィキィ』
天井が行く手を阻んでいた。しかしロープは前に進み続ける。
もしかしてこれは、『雨漏り』の心配をする必要が無くなったからだろうか。随分と脆い屋根。壊れ易いような親切設計の天井が、その性能を遺憾無く発揮する瞬間を垣間見ていた。
スレートだろうか。屋根を守っていたであろう薄い金属製の板が歪み、引き裂かれる音が響いている。とても耳障りだ。
『そぉれぇっ!』
グッとロープを引っ張り、両足を天高く付き上げていた。
アルバトロスを落下させた責任も、後悔でさえ今は微塵も無い。
終わったことだ。それより大事なのは、自分が生き延びること。
『床でも抜けちまうかもしれないなぁ』
一瞬そう思ったのは、『良心の呵責』かもしれない。
しかしそれは、黒田の心の中に『良心』があってこそ。欠片さえもない奴に、それを問うのは度台無理と言うものだ。
ビル解体の鉄球の如く壁を突き抜けたアルバトロスは、それとは違い、放物線を描いて下へと向かっていた。重力には抗えない。
そこへ覆いかぶさるように、黒田によって一瞬跳ね上げられた天井までもが折り重なって行く。
黒田の瞳は『ヘリの姿』を、しっかりと捉えていた。




