アンダーグラウンド掃討作戦(四百六十九)
赤月はポケットから『秘密道具』を取り出した。
それは一見『只の金属片』に見えるかもしれないが、脱出口の『鍵』とも言えるものだ。それを足元に差し込む。
「重っ! ぬぅぅぅっ!」
人間、死ぬ気になれば何とかなるものだ。かなり重いはずだが、それでも今は『ココ』から脱出するしかない。
そう。赤月が『脱出口』として選んだのは、下水道への『マンホール』であった。蓋を退けるとぽっかりと穴が開く。梯子もある。
「すまんお先にっ!」「あっ、お前!」「任務あるからよっ!」
いつでもどこにでも『要領の良い奴』というのはいるものだ。
赤月の目の前に滑り込んで来たのは、正にそんな奴。野球かサッカーでもやっていて、『スライディング』に慣れているのだろうか。
もう既に下半身を穴の中に入れて、梯子まで到達している様子。
多分身長なら足りているが、両脇を掴んで『スポーン』と引っこ抜く程の腕力は無い。だから赤月は、苦々しく見ているだけだ。
梯子を降り始めて首だけ残った所で、そいつが振り返った。
「先に行って、様子見とくからさっ! なっ?」「早く行けっ!」
一応『申し訳ない』みたいな顔をしているが、絶対嘘だ。ムカつく。振り返った向こう側では、舌でも出しているに違いない。
蹴っ飛ばしてやろうかとも思ったが、姿勢を低くしているものだから、長い足が思うように出ない。足が長いのも考えものだ。
『おいデブッ! お前も早く降りて来いっ!』
マンホールから声がする。きっと下まで降りたのだろう。
しかし赤月は思う。今まで『ノッポ』とか『モヤシ』ならまだしも、『デブ』何て呼ばれたことはない。だとしたら、誰のことか。
「こんな所、降りられる訳、ないだろっ!」
真後ろから声がして赤月は驚く。今まで『背後を取られた』ことは無い。その俺の背後を易々と奪った奴とは。
いや、そうではない。赤月は普通のサラリーマン経験者であって、借金はあるが軍隊の経験はない。更には念のために言っておけば、普段はサラリーマンで土日は殺し屋、という訳でもない。
「誰だ? あんた。危ないからしゃがめ!」「俺に指図するなっ!」
そんな普通の一般人にしても、その男、デブは異様に思えた。
何だか癖のある感じが、とても『普通のサラリーマン』には思えない。もし『ワイシャツ』なんか着ても、絶対第一釦ははめない。いや、はめられない。ネクタイなんかは当然、結び目はユルユルだ。
『あぁお前、凄いデブだもんなぁ!』「我儘ボディーって言えっ!」
勝手に上と下で会話を始めないで欲しい。
下の奴は『安全圏』にいると思っているのだろう。上まで響くようなデカい声を出しやがって。上に居座っている我儘ボディーの奴、やっぱり文字数が多いからデブ。こいつも頭がおかしいのか。
緊迫感の欠片も感じられないのは、気のせいではないはずだ。
「じゃぁ、先に俺が行く」「ふざけんな。俺に決まってんだろ!」
赤月が少し前に出た瞬間だ。デブの腹に『ドンッ』と押されたものだから堪らない。赤月はマンホールの反対側まで、勢い良く飛ばされてしまったではないか。
その間にデブが、マンホールに体を捻じ込み始めた。




