アンダーグラウンド掃討作戦(四百五十)
振り返ると本部長が鬼の形相で立っていた。
高田部長は直ぐに黒電話を指さして肩を竦める。もちろん『牧夫が悪い』というアピールだ。
二人の間に信頼関係は皆無だが旧知の中である。言葉は不要だ。
やはり通じた。あと零コンマ三秒も反応が無ければ、風切り音と共に『回し蹴り』が飛んで来る所だった。危ない。
それでも『あの野郎ぉ、しょうがねぇなぁ』と思ったのだろう。手近にあった大佐の頭に『ガツン』と一撃を加えるだけで我慢だ。
その後は、これからの対策を考えながら腕組みをする。
直後に『ガタン』と音がして、本部長は振り返った。
どうやら大佐は『眠い』らしい。司令官席に突っ伏しているではないか。何だ? この忙しいときに。呆れる。何て奴だ。
「お客様っていうのは、こういうときでも、呑気で良いよなぁ」
実感が籠っている。鼻で笑うのは高田部長の役目だ。
「ですよねぇ。うちは頂いた分の働きをするだけ、ですけどぉ」
胡麻を擦りながら誤魔化そう。富沢部長も朱美もそうだが、千絵も大佐の変化に気が付いていない。こういうときのために、司令官席は一段高い所にあるのだ。
泡を吹いて白目になっているのは、どちらにしろ見えていないからセーフ。しかし今は、お客になんて構っている場合ではない。自らの『作品』が、正常に動作するかしないかの瀬戸際なのだ。
例えるなら、百十メートルハードルをスタートした直後に、目隠しをされた状態と言えば判りやすいだろうか。
「見えなくても、或いは機体同士の通信に切り替えて続行可能か?」
究極的に訓練された選手なら、百十メートルハードルは五十一歩で駆け抜ける。ハードルを越えて行く高さも然り。体が覚えている。
だから見えていなくても『次はハードル』と判るのだ。
「難しいでしょうねぇ。地図の交換には時間が掛かりますし」
「三ミリ秒だっけか?」「はい。三・ニ五です」「おせえなぁ」
二人は顔をしかめる。データは圧縮しているが、無線通信は基本的に遅いのだ。それに、電池も余計に消費する。
「じゃぁ、自前のセンサーで避けて行くか」「それなんですけどぉ」
本部長の設計に死角は無い。『こういう時』の想定だって、設計段階から織り込み済だ。しかし高田部長の顔が、妙に渋いではないか。いやな予感がする。
「何だ。怒らないから、正・直・に・言ってみろっ!」
顔を見れば既に『激おこ』なのだが、これ以上怒るのだろうか。
高田部長は『娘の力』を借りようと、チラっと富沢部長の方を見る。すると偶然にも、目が合ったではないか。ニカッと笑うと、口パクで『助けて』と告げる。
富沢部長にも、本部長の『怒らないから』は聞こえていた。随分と久し振りだと思う。小学何年生の頃だろうか。確か、校長先生に詰め寄っていたときのことだ。
『死ぃねっ。死んでしまえぇ』
ニッコリ笑って答える。勿論『口パク』でだ。どうも実父が『殺人犯』になるかもしれぬのに、全く抵抗は無いらしい。




