アンダーグラウンド掃討作戦(四百四十二)
「おっ、『そろそろ』だなっ」「何が『そろそろ』だぁあぁっ!」
黒田が冷静に呟いた『そろそろ』に、黒井が突っかかっている。
若干平和ボケした黒井にしてみれば、『ゲイシャ・ガール』は着物を着た『そっち方面に詳しい人』なのかもしれない。
勘違いも甚だしい。そんなのは小説か映画の中だけの話だ。
そもそも黒井には、『舞妓』と『芸妓』の区別も付かぬ。
だからという訳では無かろうが、黒田は黒井を無視していた。
しっかりと前を見つめている。そこには二本のレールが、何故か縦に曲がって光っていた。秋葉原貨物駅手前にある急登だ。
機関車のライトに照らされた鉄路は、まるで『碓氷峠』を思わせる。熊野平駅手前の景色。が、電車の運転手以外が見るのは稀。
「いよいよだ。行くぞっ!」「えっ? 何処へ?」
再び機関士の真似事だろうか。運転台に手を添えた黒田が『ニヤリ』と笑った。黒井は『嫌な予感』しかしない。
ご存じの通り、この先は行き止まりなのだ。
「アクセル全開だあぁぁっ!」『カカカカッ! ガコンッ!』
車なら右足を思いっきり突っ張っている所だろう。しかし機関車の『アクセル』に相当するレバーは、『マスコン』と呼ばれるハンドルだ。手で操作する。それが小気味良い金属音を響かせると、最後は『めい一杯』の状態で固定された。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!」『ガガガッ!』「なんだよっ!」
だから『冗談じゃない』と思ったのは黒井だ。
黒田のようなゴツゴツとした手をしっかりと握り締めるなんて、物凄く気持ち悪いことだが、そうも言ってられない。
力を込めて引き戻した。しかし黒田が『馬鹿力』なのは判っている。だから半分まで戻した所で、簡単に止められてしまった。
「ムムムーッ! ムムムーッ!」
床に転がっていた機関士が首を横に振って叫び始めた。黒井は片手を離して機関士を指さす。奴は目を見開いて、必死の形相だ。
「ほら機関士だって、何か言っているぞっ!」
「うるせぇ! 邪魔すんなっ! 『アクセル全開』なんだよっ!」
黒田が力を入れると、マスコンハンドルが動き出す。
『カッカッガコンッ!』「よぉおぉぉっしっぃ!」
「全然良くねぇっ! 行き止まりなんだろっ! 止めろって!」
駄目だ。やっぱり黒田の力には敵わない。どうやらマスコンハンドルの方が、先に『行き止まり』まで行ってしまったようだ。
このままだと貨物列車も、本当に行く所まで行ってしまう。
「ムムムーッ! ムムムーッ! ムムムッムム、ムムムーッ!」
さっきから機関士が首を横に振り、結ばれた足もバタバタさせながらムームー言っている。
「うるせぇっ! 黙らせろっ!」「ムムムーッ! ムムムーッ!」
機関士は黒田が怒鳴っても今度は黙らない。それを見て、黒井はかえって怖くなった。きっと機関士は『我々の知らない何か』を、必死になって訴えようとしているのだ。
黒井は機関士に駆け寄って、猿ぐつわに手を掛ける。すると機関士も気が付いて黙って頷いたではないか。外れた瞬間に叫ぶ。
「アクセル全開じゃねぇ『フルノッチ』だっ! この素人g……」




