アンダーグラウンド掃討作戦(四百三十九)
「ドーンじゃないっすよぉっ! 冗談でしょぉ?」
黒井は驚きの余り目を丸くしている。このまま『壁ドン』だと?
やっぱり今度から『作戦の詳細』を聞いてから参加しようと思う。しかしそれが、既に『毒されている』と言える。
どっちにしろ『参加』に丸印が付けられているのだから。
「いや、冗談じゃないよ」「冗談じゃないっすよぉ!」
黒田の言葉を何故か復唱してしまった黒井である。
床に転がっている機関士は、黒井を熱い眼差しで見つめていた。『もしかして味方になる?』と期待してのことだろう。
余計な一言『ムー』で話に割り込むより、仲間割れでもしてくれた方が助かるかもしれない。
黒田が拳を挙げる。いや、親指で後ろを指しただけだ。
「元々『こいつ』は、秋葉原に行く予定だったんだ」
説明を受けた黒井がパッと機関士を見る。
「そうなのか?」「ムッ、ムー」「ほらなぁ?」
黒井から突然の問いに、思わず頷きながら答えた。
すると黒田が追い打ち。だとしたら黒井には理解し難い行為だ。
「秋葉原行きを、なぁんでわざわざ『ジャック』したんですかぁ?」
黒田に向かって両手を上下に振りながら問う。すると囃子立てるように、機関士が目を剥いて叫ぶ。
「ムーム、ムーム。ムムムームムゥ」「うるせぇっ!」「ムッ……」
しかし黒井に一喝されてしまった。この貨物列車には、哀れな機関士を同情する同乗者が居ないらしい。ガクッと落ち込む。
「お前『わざわざ』って、言うけどなぁ? 大変だったんだぞぉ?」
いつもサラッと物資を調達してくる黒田である。それが『今回は大変だった』と言いたげではないか。首を曲げつつ、手の平を上にした右手を上下に振りながらの『大熱弁』である。
しかし黒井は呆れ顔だ。苦労しようが何しようが結果が全てだ。
「何が大変だったんですかっ! どうせ裏から手を回してぇ」
顔を顰めてからいやらしい顔つきになると、女のケツを触るように、手をヒラヒラさせながら伸ばす。
「いやもぉ、佐々木やんにお願いすんの、大変だったんだからぁ」
確かに佐々木車掌へ、『ダイヤを何とかしろ』とお願いをするのは大変だった。だから夜な夜な手伝いもしたもんだ。
書類を偽造したり、スジ屋をスシ屋に連れて行ったり。運行責任者がウン〇している所をモニョモニョして出汁にしたり。マー。
「ちょっと。『佐々木やん』って、言っちゃってんじゃん!」
黒井がでっかい声で指摘している。すると黒田が真顔になった。
「あっ今の無し」「無しじゃないっすよ」「無し無し。セーフッ!」
笑顔で誤魔化そうとしているのが明らかだ。その上、運転台から両手を放し、大きく横へ真っ直ぐに広げている。
「あの人っすよね? 富士から帰って来るとき、世話になった!」
富士演習場を脱出した折に、世話になった佐々木何とかさんだ。
「そそ。何だ覚えてたか。まぁ『ササやん』に訂正な。あっぶねぇ」
「何ですかそれ。もう遅いっすよ。しっかり聞かれちゃってますよ」
そう。今の訂正は『誰も聞いていないこと』が前提だ。黒田が機関士を見たので黒井も視線を移す。哀れ機関士は目元をヒクヒクさせた後に、首を左右に勢い良く振る。あぁ。実に良い『笑顔』だ。




