アンダーグラウンド掃討作戦(四百三十八)
「あぁ。ブレーキかぁ」「らしいですね」「ムーッ、ムーッ!」
何とも怪しい機関士である。咄嗟の判断をするでもなく、『ブレーキどれだっけぇ』の顔をして、それから顎に手を持って行く。
「ムムムーッ、ムムムーッ!」
その後は『これだっけ? いやこれかなぁ』と、それっぽい物を一つづつ指さして行く。やっとブレーキハンドルを指さした。
「ムムッ! ムムムーッ!」「えっ、これぇ?」「らしいですねぇ」
見てられなかったのだろう。猿ぐつわをされたままの機関士が、大きく頷いている。しかし黒田は騙されない。
今まで散々『それが良い』と言われて来た。『そうすべきだ』なんて言って来た輩も多数知っている。『支持する』『応援する』『協力する』あぁ、全部聞いたことがあったなぁ。
『俺に任せておけ』
「それが一番、信・用・出来ねぇんだよっ!」
機関士の目を見て何を思ったのか。突然大声で叫ぶ黒田に黒井は驚くばかりだ。何をそんなに怒っているのか。少なくとも機関士は後ろ手のまま天井を見て、『おぉ神よ』のポーズになってしまった。
「下り坂では加速だぁぁぁっ!」(ガコンッ!)
黒田は勢いのままに加速を選択したようだ。慌てたのは黒井だ。
「いやダメでしょっ!」(ガコンッ! キキキーッ)
如何にも素人らしく、ブレーキを操作したから大変だ。足元から物凄い金属音が響いて来たではないか。
もっと慌てたのは機関士であろう。『おぉ神よ』なんてやっている場合じゃないと向き直り、黒井に向かって叫ぶ。
「ムムッ! ムゥームムームムムムムーッ!」
「馬鹿ッ! きゅーブレーキはやめろーッ?」
人間、必死になれば通じるものだ。黒井が復唱すると、何と機関士が大きく頷いたではないか。黒井は黒田の肩を叩く。
「ムーム!」「そうだ!」
言っていることが判って嬉しいのか、再び黒田の肩を叩く。
「ムゥームムムムムッ!」
「きょーとに行こうッ!」「ムムームッ!」
「聞きましたぁ? 俺、通じましたよっ!」
黒井はニヤリと笑って顎を上げ、自身を指さして自慢げだ。
それを黒田は忌々しく思うのだろう。聞こえるように『チッ』と舌打ちしたではないか。
「あぁ聞こえてたよ。『馬鹿』とはなんだっ! 『馬鹿』とはっ!」
まるで軍人に戻ったかのような、怒れる上官の如く叫ぶ声。
握り拳で運転台を『ドンッ』と叩いたショックで、ブレーキが些か緩い方へと動いてしまった? しかし黒田は気が付かない。
「ムムムーッ! ムムームッ!」「うるせぇ黙れっ!」「ムッ……」
丁度、機関士の方を見ていて『一喝』したタイミングだった。機関士も怖くて黙る勢い。『よそ見運転』で良く言うよ。
バタバタしている間に、貨物列車は坂を下り始めた。
「所で、ポイントをこっちに来ると、この先『上野』でしたっけ?」
「あぁ。正確には『寛永寺』な。世界遺産なんだぞぉ」
「もぉ。観光しに行くんじゃないでしょよぉ! その先は?」
「秋葉原で行き止まりだ」「はぁあぁ?」「ドーン! てなぁ!」




