アンダーグラウンド掃討作戦(四百三十七)
「静かにっ。今、計算してんだよぉ。ににんがしぃ」
「なぁに計算してんだぁ? 静かにじゃねぇ。全くコレだよぉ」
強奪したのが貨物列車であることを、二人は忘れてはいないだろうか。それより今は、黒田が両手を離し、指を折り曲げながらの計算しているのを、邪魔しない方が良いだろう。
「ほらぁ。わっかんなくなっちゃったじゃないかよぉ」
貨物列車は運転してみれば判ることなのだが、動き出すときよりも止まることの方が難しい。
更に言えば、カーブを曲がるときの速度にも注意が必要だ。
線路脇にはカーブの半径や、斜度、制限速度を示した標識が必要な場所で突然現れる。勿論それは『事前把握』が必須。
「おい、次のポイント、どっちに行く?」
「ちょっと、知らないで運転してんのかよっ!」
電気機関車の運転自体は国家資格だが、営業運転をするには、鉄道各社にて路線別の運転資格を得てからになるのが通例だ。
「ポイントを良く見れば判んだろうよっ!」
「何だよそれぇ、あぁ右だよ右! 老眼なら眼鏡掛けて来いよっ」
「うるせぇっ! 眼鏡は掛けたまま顔洗っちまうから止めたっ!」
重量級の貨物列車を運転する場合は更に難しい。
カーブを曲がる制限でも、積載された積み荷の重量、列車の全長、重量物の配置によって、『ここまでなら安全に通過出来る』という速度が存在する。貨物列車は毎回積み荷が異なるから大変だ。
「じじい、今、信号『赤』じゃなかったか?」「あぁん?」
そんな計算をするために必要な情報を、運転しながら標識を読み取り、頭の中で安全な速度に変換して機関車を操作しなければ、カーブを通り抜けることが出来ない。
「今、良い所なんだから、話し掛けんなっ!」
「おいおいおいおいおい。通過しちまったぞぉ?」
「じゃぁ大丈夫だろっ! 良しっ! アクセル二番!」
何かを間違えてしまったら、即、脱線。ガラガラガッシャーンだ。
故に黒田みたいな『ちょっと運転やりたーい』と割り込んで来る奴など『自殺志願者』と言われても仕方がない。愚の骨頂なのだ。
「大丈夫なのかよぉ」「大丈夫だろうよぉ」「ぜってぇちげーから」
「きっと向こうに行く奴の赤信号だよ」「ホントかなぁ」
「良いじゃねえかよ。これぞ『結果オーライ運転』って奴よぉ」
貨物列車は隅田川構内をクネクネと曲がりながら、本線へと無事到達していた。無免許運転は始まったばかりだ。
そして二人の確信的犯罪者と、不幸な機関士を乗せた軍用貨物列車は、暗いトンネルへと進路を変更した。
「ムムームッ! ムムームッ! ムッムムムーッ!」
佐藤機関士は相変わらず床に転がっている。
しかし通過したポイントの数と機関車の傾き具合から、トンネルへと向かう『下り勾配』へ向かっていると認識しているのだろう。
急激な下り坂なのに、何故かブレーキ音がしないのも含めて。
「おい。まぁた『ムームー』言ってるぞ?」「黙らせるか?」
「まぁ、ちょっと『何』言ってるか聞いてみ?」「何だよぉもぉ」
仕方無さそうに黒井は、機関士の猿ぐつわを緩める。
「ブレーキッ! ブレーキッ! ノッチオffffッdkf」




