アンダーグラウンド掃討作戦(四百三十)
「うわっ!」『何だコイツ。きったねぇ恰好』
琴美は驚いていた。急いでいる所に現れたのは軍人ではないか。
指定された時間までに、『必ずトラックを降りるように』と言われていた。更に意味が解らないのは、『ちゃんと着ぐるみを着て行くこと』である。『おじいちゃんとの約束♪』だってさ。
ならば仕方ない。『祖父との約束は絶対』と、憲法で定められている。守らない訳にはいかないではないか。
だから仕方なく、『熊の頭』を装着した所だった。
でもってドアを開けたら、見知らぬ軍人が居るではないか。
「すいません、陸軍にご協力願います」
『うわうわぁ。この車を貸せって言うのぉ? 勇気あるねぇ』
琴美がニヤリと笑っても、その表情は本人以外には判らない。
アンダーグラウンドで、何が起きているのかを琴美は知っている。
だからコイツ、絶対『脱走兵』だと思っていた。関わりたくないのは勿論だが実はこちらも急いでいる。これから『脱走する所』だ。
ここは是非、お互いに『すれ違い』で行きましょう。
「えーっと、どうぞどうぞ?」
『そそっ。早く乗れ乗れっ。運転席はあっちなぁ』
「ではお借りしますっ!」『敬礼! ハイッ! 行った行ったぁ』
敬礼されて思わず反応してしまった。『中の人』のこめかみに指先を合わせたので、きっと見た目は変だったに違いない。
良く判らないが『口』辺りだろうか。失敗失敗。
しかしその辺は、気にもしていなさそう。会釈までして運転席へ行ってしまった。あぁそう言えば『マニュアル』だったけど、運転大丈夫かしら。鍵も『回すタイプ』だけど、やり方判るかなぁ。
『ブルルンッ!』「あっ、大丈夫そう」
琴美はうっかり喋ってしまった。思わず口を塞ぐが、それも良くない。パッと思い付いて『手を振る』ことにした。これなら『お見送りみたい』で、ごく自然に映るだろう。行ってしまった。
人工地盤上の道路を『車で走る規則』について、彼は知らないのだろうか? 軍人の癖に? まぁ、知らない人は居るか。
きっと千葉でも海の無い辺りの田舎から、はるばる駆り出されて来た千葉都民に違いない。ちょっとおらほと似た訛があったし。
走行する全ての車が『自動運転』を前提としている。だからそこへ、『手動運転』が混ざるのは危険極まりない。
よって『事前の届け出と許可』が必須。許可が下りたら、指定された時間に指定されたルートを、指定された車で通過しなければならない。『自由に走行する』なんてことは、出来ないのだ。
もしそれを破ったら、自動運転の方に多大な影響が出る。
監視カメラが『暴走』を検知したら、付近の道路はたちまち閉鎖されてしまう。すると自動運転車は、自動的に迂回ルートを選定。
遠回りすることで、何と到着時間が最大三分も遅れてしまうのだ。
だから警察や、ときには軍隊までもが大挙して集まって来る。脱走兵の彼も、捕まるのは時間の問題だろう。琴美は時計を見る。
しかし着ぐるみを着ているから、見えないのを忘れていた。
肩も竦めず、琴美は走り去るトラックを見送るのみ。角を曲がって見えなくなった。時計を見ずとも、琴美には判っていたのだ。
警察や軍隊が、あのトラックを捕まえる必要が無くなることを。
『ドッガァァァァンッ!』「昇進、おめでとうっ!」
琴美は反対方向に歩き始めた。着ぐるみは指示通り着たままだ。




