アンダーグラウンド掃討作戦(四百二十九)
鮫島少尉が見つけたのは、運送用のトラックだ。
確かにトラックなら、人工地盤上を走行することは有り得る。
マンションからマンションへの引っ越しならば、貨物用のハーフボックスが利用されるのはいつものこと。しかし『グランドピアノ』とか『絵画』とか、ハーフボックスに入らない物だってある。
そんなときは、トラックを横付けして運び出す訳だ。
「ひまわり演芸? 『園芸』の間違いじゃないのかぁ?」
トラックの横に書かれていた文字を読んで、思わず立ち止まる。
成程。車体には向日葵の花が描かれていて、窓にもビニールシールで広告が張られている。一部がダラリと剥がれている所を見るに、随分とお金の無さそうな『劇団』とお見受けした。
振り返れば、そこは確かに学校か、それとも病院か。兎に角『マンション』ではない。だから慰問か学芸会にでも呼ばれたか。
どうでも良いことだ。今それを深く考えても仕方がない。
窓から覗き込めば、段ボールで作られた『大道具』だろうか。所狭しと詰め込まれている。その乱雑な様子に、どうやら『公演後』であるのは明らかだ。であるならば丁度良い。迷惑も最小限。
見るからにボロ車ではあるが、秋葉原までだったら走るだろう。
荷台に動く影。鮫島少尉が荷台の扉に手を掛けようとした瞬間だ。
「うわっ!」「……」
突然扉がスライドして開いた。鮫島少尉は伸ばした手を思わず引っ込める。それどころか、一歩下がりながら大きな声を出して、驚いているではないか。
鮫島少尉程の男が、それだけのことで驚くはずはない。中から出て来たのが『着ぐるみ』で、しかも『熊』だったからに相違ない。
クマ除けの鈴を、チリンチリンと鳴らしていなかったのが原因だろうか。相手は『熊』であるにも関わらず大層な驚きようだ。
二本足で直立し、両手を高く掲げている。まるで『ガオー』だ。
いや、だとしても、中身は『人間』だと判っているのだから、恐れる必要なんて無いはずなのに。寧ろ着ぐるみの方が『声を発しなかった』ことについて、『流石プロ』と褒めておくべきか。
「すいません、陸軍にご協力願います」「……」
敬礼してお願いすると、着ぐるみの熊が右手を曲げ伸ばし、『ジェスチャー』を始めたではないか。右の方を向いて。
「えーっと、どうぞどうぞ?」「……」
今度は頷いて、トラックをサッと降りて来る。はぁ?
この熊、何とも協力的。しかしまだ『熊を演じている』ことに拘っているのだろう。一言も喋るつもりは無さそうだ。この非常時にも関わらず、全てをジェスチャーで乗り切ろうとしている。
「ではお借りしますっ!」「!」
敬礼すれば返礼までビシっと決めて。トラックへ急ぎ乗り込んだ鮫島少尉を、まるで閉じ込めるかのように、熊自らが扉を閉める。
熊に扉を閉めて貰った鮫島少尉は、寧ろもう一度敬礼をしたい所である。が、そこは急ぐ身。軽い会釈に留めて運転席へと向かう。
荷台から運転席へ車内で移動できるとは、珍しいトラックだ。
しかも『マニュアル』とは。腕が鳴るではないか。直ぐにエンジンを始動させて、秋葉原へGO!
サイドミラーを再度見ると、熊が手を振っている。律儀な熊だ。




