アンダーグラウンド掃討作戦(四百二十八)
目の前を車が通り過ぎて、思わずハッチを閉めた。
完全に遅かったかもしれない。何しろタイヤがもの凄い勢いで通り過ぎてから、首を引っ込めたのだから。
開けたのは数センチのはずなのに、『バタンッ』と大きな音がした気がする。何処にも怪我はないが、命に係わる事態だ。
エンジン音がしなかったので、近づいて来る車の存在に気が付かなかった。クラクションも鳴らなかったし。
直ぐに思い出す。人工地盤上は『電気自動車』のみで、しかも『自動運転』となっているのだ。
お陰で信号もないし、直線区間は時速二百キロで爆走している。
今のは『ハーフボックスを搭載した台車』に違いない。
だとしたらと考える。そして思わずにやけてしまった。
もしかしてこのハッチは『歩道にあるのではないか』と。
幾ら都民が『歩かなくなった』とは言え、全ての移動をハーフボックスに頼っている訳ではない。たまには歩きたいこともあるだろうし、それに犬を連れて散歩だってするだろう。
「頼む。歩道であってくれっ!」
今度は勢い良くハッチを開けて、そして外へと飛び出した。
すると確かにそこは歩道で、無事に『安全地帯』へと帰還を果たしたのだ。あぁ、ここから数百メートル南では『ドンパチやっている』だなんて、微塵も感じられない。嘘のように静かだ。
すると目の前の道路を、再び台車が通り過ぎて行った。
まるで『コンテナ船』の如く、複数のハーフボックスを山積みにしている台車だ。運転席は無く、平たい荷台にきちんと積み重ねられている状態だから、外は見えない。窓が無いのも判る気がする。
元々『エレベーター』だった訳だから当然か。そのまま違うビルにまで運ばれて、エレベーターの通路に入れられるまで中で待機だ。
鮫島少尉は思わず溜息を付く。無事歩道には出たものの、『タクシー乗り場』なんてものは無く、『バス停』すらも無い。
殆ど全ての人々が『ドアツードア』で移動してしまうから、人工地盤上に『公共交通機関』は皆無なのだ。
だから、ここから秋葉原にあるNJS本社まで、走って行かなければならない。携帯電話なんて、作戦開始前に預けちゃったし。
だからと言って、一般家庭に押し入って『電話を借りる』なんてことも出来ない。そもそも『本日の作戦』は完全に秘密なのだ。
常識的に考えても、足元で『戦闘行為を行う』なら、都民を避難させなければ、陸軍が非難されてしまうのは確実だ。
今時の都民はとても煩い。文句だけは人一倍だ。つまり二倍。
しかも、直ぐにSNSだかNSRに載せると言って脅しに掛かる。
取り敢えず鮫島少尉は走り始めた。幾ら距離があろうと、ここなら安心して走れるし、物凄く遠い訳でもない。精々三、四キロか。
走り始めて直ぐに、『業平橋駅から浅草まで行って、地下鉄乗り換え』のルートを思い出す。しかし『乱れた格好の軍人』が、観光客が溢れる所に行くのも何だかなと考え否定する。
さっきまで『駅まで辿り着けば助かる』と考えていた割には、助かった後は『体面』を気にしているのか。
本人もそこまでは気が回っていない。と言うより、角を曲がった所で『良い物』を見つけていた。鮫島少尉は一直線にダッシュだ。




