アンダーグラウンド掃討作戦(三百九十八)
「全然良いですよぉ」「そうかなぁ」「そうですよぉ。助かります」
さっきまで小声で話していた医者の二人。それが突然、『女神』の方が嬉しそうに叫ぶ。
肘を曲げた両腕。その両手をグッと握り締めて力強く振り下ろす。
体型は全く似ていないが、小結が横綱を投げ飛ばして『逆転優勝した瞬間』にも見える。座布団の飛び交う様子が目に見えるようだ。
もう一人、明らかに『ガッツポーズ』をしている者がいた。
体型は力士にそっくりだが、根性はねじ曲がった男。それでいて態度だけは横綱級と言うから始末が悪い。
人生に於いて今はどん底。自他共に認める所だ。精神的にも標高的にも『これ以下』となってしまっては、人生終わったも同じだ。
しかし僅かな光が、細い『蜘蛛の糸』を照らしている。物理的に。
そうだ。長い『滑走路』さえ用意すれば、力強く飛び立つことも夢ではない。足搔く時間と距離。それは人生に於いて大切なこと。
さぁ、目の前にある障害物を全て退けろ。一直線に続く『俺だけの滑走路』を用意するのだ。加えて『忘れた』とは言わせない。
飛び立つためには『強い逆風』も必須だと言うことを。優しく適度にな。いや『精神的な意味』なんかではない。現実にだ。
ケッ。『追い風』を受けて飛び上がった『空』に、一体何の価値がある。どうせそのまま、入道雲に巻き込まれてしまうのが落ち。
今は『黒星』なんて『縁起の悪い名前』を与えられしまっているが、俺は不承『薄荷飴』の四天王こと、『宮園武夫』だ。不詳の負傷から不死鳥の如くよみがり、必ず『社史編纂課課長』に復帰する!
男は目の前に現れた光明に対し、巧妙に動き出す。
それはあたかも功名に走った、実に『浅はかな行い』に見えた。
「俺も手伝いましょう」「大丈夫です」「大丈夫だ」
手を差し出したのに、怪我人からも白学からも断られてしまった。
怪我人からは『お前はもうちょっと痩せろ』と見られ、白学からは『痩せてから出直して来い』と見られてしまっている。
何れにしても『左腕じゃねぇ』とばかりに、手を弾かれてしまった。確かに並走して担ぐなら、右手の方が良かったかもしれない。
「で、でも」「触んじゃねぇ!」
そう思って左腕を伸ばしても、無情にも弾かれてしまう。
後はヘコヘコと二人の後を付いて行くのみ。そうだ。この二人に付いて行けば、地上へと脱出できる。戦場ともおさらばだ。
このままでは(赤星から)いつ殺されるかも判らない。
あぁ、『敵前逃亡』と笑うなら笑っていろ。許す。こんな所、五体満足な内に、何に紛れようが脱出した方が良いに決まっている。
しれっと裏口から廊下に出た。扉を閉めると薄暗くなる。
そこで振り返っても、赤星は追ってこないではないか。
しめしめ。作戦成功。このまま『荷物用エレベータ』とやらで、地上に一直線だ。何だったら『動くか確認する』とか言って、一番先に乗って見せるのもやぶさかではない。さて、何処にある?
非常灯のみが灯る薄暗い倉庫。そこには、先に転院する二人が待っていた。現れた負傷者一名。白学は一目見て『介助要員』と判る。
その後ろにいる『五体満足の男』は何者なのか。とりあえず聞く。
「こいつの積載荷重『百キロまで』みたいだけど……」




