アンダーグラウンド掃討作戦(三百九十七)
基本『歩き移動』であることは理解していた。
アンダーグラウンドに『救急車』なんて来ない。それも判る。だから片足では『病院まで辿り着けない』と考えてもおかしくはない。
ここに運び込んでくれた同じ部隊の仲間は、もう戦場にとんぼ返りしている。頼りになる者は何処へやら。
まさか『誰か足を貸してくれ』とも言えないのが実情だ。
「肩を貸してやれ」「はい」「すいません」
患者の方からスッと手を伸ばす。どうしても助かりたいから、反応がもの凄く速い。白学もその手を掴んだ。
するとそこへ、『もう一本の手』が割り込んで来る。
「俺を助けてくれよぉ! 俺の方が先に入院したんだ!」
生鮮食品じゃあるまいし『先入先出』も無かろう。しかし『当人の気持ち』は判らんでもない。白学にもそれは理解できる。
それでも『医者の下したトリアージ』は、患者の意見でそう簡単に変えられるものではない。白学は冷静に手を振り払った。
「お前はリストに無いからダメだ」「そんなぁ」
目を見てしっかりと告げる。逆に片足の男を引き上げると、『肩に掴まれ』と合図した。男が飛び跳ねて体を寄せて来る。
「すまんが、もうちょっと待て」
寝たまま擦り寄って来るので、空いている手で押し留める。
それでも必死なのだ。『生き延びるチャンス』が目の前にあるのだから、今頑張らないで何時頑張るのか。
「さっきから待ってるよぉ。待ってるんだよぉ」
声を苛立たせてアピールする。しかし白学は無視して、さっさと行こうとしているではないか。焦って『女神』に祈る。
しかし渋い顔のまま、目を背けられてしまった。次は白井だ。
「それだけ元気なら、もう少しここで頑張れ」
取り付く島もない。にっこり笑って言われてしまった。
医者は患者を公平に診ている。戦場で頑張った/頑張らなかったはこの際関係ない。『継戦能力が著しく低下した』と評価された者は、等しく順番に『病院送り』にするしかないではないか。
男はガクッと崩れ落ち、再び大人しくなる。寧ろそのまま死んでしまうかの如くに。
「まだ『上』で収容できますか?」「大丈夫だと思うけど……」
小声による医者同士の会話だ。白鳥が親指で示した『上』とは、白井の『伝手』である病院の『空きベット』を指していた。渋い顔で疑問に思いながらも、聞かざるを得ないのには理由がある。
白鳥も最初から『ホワイト・ゼロ』だった訳ではない。
東京の病院、しかも大きな病院で勤務していた経験があるのだ。
だからこそ『東京の病院に入院する』ということが、如何に大変なことなのかが身に染みて判っている。
病院関係者でさえ入院するのが大変なのに、『怪我をしたテロリスト』の面倒を診る病院が、一体何処にあると言うのだろう。
「えっ? 大丈夫なんですか? まだお願いできます?」
「受け入れ態勢がねぇ。さっき本部からも、結構送ったから」
「ベッドの空きが有るんですか?」「うーん。それはどうかなぁ」
白井はやっぱり首を傾げた。しかし苦笑いで言い切る。
「上に送っても、床とか廊下だったら、ごめんね」




