アンダーグラウンド掃討作戦(三百九十四)
「誰の噂かなぁ?」「あっ、白井先生!」
奥の方から現れた白衣の男。周りにも良く聞こえる大きな声で『独り言』を呟きながら、部屋の中をグルリと見渡した。
なるほど。彼は本当の『医者』である。
確かに『元軍医』だけあって、体格も姿勢も良い。腹が出ていないのを見るに、まだ退役して日が浅いのだと判る。
居並ぶ戦傷者を前にして慌てる素振りもなく、ましてや足元の汚物入れに『自分分』を追加する気配もない。
この状況で、平然としているではないか。
一人一人を一瞥して、『助かる/助からない』の区別が出来たに違いない。笑顔から一転、渋い顔になった。
だとしたらそれは『何』を意味するのか。女医の方へと歩み寄る。
「お待ちしておりました」「あぁ、白鳥先生、ご苦労様です」
女医が頭を下げた。今更『気が付いた風』を演じる二人。一瞬笑顔になって挨拶の後、直ぐに渋い顔へと逆戻りだ。
「このままじゃ、全員助からないぞ?」「判ってます。先生」
白井はどうしようかと右手を顎に添える。
別に、到着早々『さぼろう』としている訳ではない。現に白衣はしわだらけで、良く見れば細かい血の跡も多数付いている。
ホワイト・ゼロの別の拠点で『仕事』をして来たのだろう。
「本部に『空き』はありますか?」「うーん」
白鳥が白井に聞いたのだが、色良い返事がない。むしろ考え始めてしまったようだ。
「余り動かせないし、動かすなら『上』の病院じゃないと無理だな」
「やはり先生も、そう思いますか」
白鳥の見立と一致したようだ。白井も腰を曲げて、手前に居た患者の傷口をチラっと確認する。最早診察するまでもない。
「聞いては来たけど酷いね。『応急手当』がやっとかな?」
立ち上がりながら周りを見回した。白井から見て、大した設備も薬品もないように思える。ここで医者が『何をする?』レベルだ。
軍医なのだから、白井にも『野戦病院』の経験はあろう。
簡易テントを張って、簡易ベッドを並べる。その辺は『簡易』であっても、包帯や薬品の類は大量に用意されていよう。
場合によっては外科的処置も可能だ。しかしそれは、体に留まった弾を抜く道具が殆ど。あくまでも、一般の『診療所』よりは充実している程度であって『病院』とはとても言い難い。
深部診察や、頭部の診察をする術、なんてものは言わずもがな。
「ここも、既に限界ですけど……」「うーん」
白鳥の遠回しな訴えにも、白井は考えるばかりだ。ちっとも『医者らしいこと』をしてくれないではないか。
「先生、こいつを『上』の病院に紹介して下さいよ」
足元で訴える兵士。今、麻酔を打ったばかりの兵士を揺すりながら、白井の白衣を引っ張る。しかしそれでも白井は動かない。
「先生、このままじゃぁ」「失礼しますっ!」「おぉ、来たか」
足元の兵士がもう一度訴え掛けた所で、もう一人の『白衣の男』が入って来た。一応『病室』なのに、割れんばかりのデカい声。
おまけに『ビシッ』と敬礼までして、まるで『軍人』ではないか。




