アンダーグラウンド掃討作戦(三百九十二)
黒星はゆっくりと振り返る。何も考えてはいなかった。
普通熊に襲われたら、ゆっくりと振り返ったりはしないだろう。
熊に出会うこと自体が、既に『普通』ではないのかもしれないが、今『撃たれた』ばかりなのに、のんびりと振り返るとは。
サッサッサのサと逃げる一択のはず。振り返って何を求めるのか。
『バキュゥゥゥン』
銃声がしても、今度は何も言えなかった。言えるはずもない。
目の前に銃口があって、そこから火が噴き出すのを見たからだ。
『弾が見えたか?』と言われれば見えたかもしれないが、ここは『見ている暇もなかった』と、言訳するに留めよう。
実際そこまでの『動体視力』はないし、避けられもしない。
その分、『感じる』ことについては十分に説明出来よう。
何々? 『それを誰が説明するんだ!』だって? 勿論、黒星に決まっているではないか。はい。どうぞ。
「てめぇ、あぶねぇじゃねぇかっ16!」
耳の上を押さえていた。銃をぶっ放した本人に対し、やけに強気な態度である。殴り掛かった所で、今度は本当にどてっぱらへ撃ち込まれかねない。それだけは避けたいのでグッと堪えていた。
既に上を向いていた銃口から煙が揺らいでいる。
その煙をフッと吹き飛ばしてから、赤星は拳銃を回し始めた。結構練習したのだろう。
気が済むまで回して、最後はホルスターにストン。
「ちょっとは『カッコ良く』なっただろう?」
面白がって黒星の『髪型』を指さした。
拾った拳銃にしては上出来だ。放たれた二発の弾丸は黒星の頭をかすめ、髪を毛散らしながら突き進んだらしい。
見事な一直線が描かれていて、キリっと締まった顔つきに。
「なる訳ないだろうがっ! 当たったらどうするんだよっ!」
今更ながら両手を両頭に乗せ、両方の毛散らかされた様子を手探りで調べる。急ぎ右目で右手、左目で左手を確認するも、右血もなければ左血もない。ちきしょうめ。
どうやら本当に、『散髪』するだけのつもりだったか。
「三発目で逝く? 散髪だけに」「ヤ・メ・ロッ!」
ホルスターに手を掛けていた。否定しなければ、奴は本当に撃つ。
いたずらに発砲するんじゃない。全く。鏡位見せろってんだ。
「血も出てないだろう?」「あぁ。ちっ。火傷したらどうすんだよ」
本当にコイツ狂ってる。弾丸で散髪する床屋なんて、聞いたこともねぇ。店先にクルクル回っているあれ、本当は違う意味だからな?
「何ぃ? 今の『ちっ』は、ギャグのつもりぃ?」
「冗談じゃねぇよっ!」「おぉ、今のもかぁ?」「ちげぇよっ!」
ニヤニヤしながら言われても、そんなのただ不気味なだけで、安心なんてこれっぽっちも出来やしねぇ。
「じゃぁ、歩けよっ」「蹴るなっ! よぉ」
一瞬真顔になって、片足を振り上げただけ。黒星の声とケツを反らせた恰好を見て、実際に蹴り出しはしなかった。今はもうニヤけ顔に戻っている。膝より下をブラブラさせて、俄然待機中だが。
いつ何時真顔に戻ったなら、強烈な人蹴りが来るに違いない。




