アンダーグラウンド掃討作戦(三百八十七)
「いや『右手』なぁ」「あははぁ」
山岸少尉が右手を上げてアピールしたのだが、きよピコは愛想笑いをしただけで整備に戻ってしまった。
きよピコにとって右手は左手のことらしい。何のこっちゃ。
きっときよピコが通っていた小学校では、黒板の上隅に『右』と『左』の文字が、書かれていなかったに違いない。
又は先生が見ていない隙に左右を逆にしたか、或いは『右』を『石』に、『左』を『佐』にしていたのも有り得る。そんなことをしていると、きよピコみたいな大人になってしまうという悪い貝本だ。
「少尉殿、そいつの『左側』には近付かない方が良いすよ」「ほぅ」
整備を続けながら、きよピコからのアドバイスが。山岸少尉が不思議に思いながら口を尖らせる。そんな『注意事項』は記憶に無い。
まぁ『取扱説明書』なんて、じっくり読むものでも無いのだが。
「何か知ってるか?」「はい。知ってます」
充電担当の男に聞いてみると、笑って答えたではないか。しかし山岸少尉が本当に知りたいのは『その答え』ではない。
「左側が『危ない』ってことをか?」「はい。知ってます」
男は何度も聞かれ、『答えたじゃないか』を顔に出す。しかし山岸少尉も負けてはいない。だからそうじゃないって。
知りたいのは『理由』の方なのだが。皆まで言わねば判らぬのか。
「だから、『どうして?』ってことだよ」
イラついて聞いたのだが、聞かれた男は理解したのだろう。一瞬明るくなった後に、『ハッキリ言えよ』な顔になってから答える。
「ですから、ああなっちゃうんですよぉ」
人垣の方を指さして直ぐに肩を竦めた。山岸少尉はそっちを見る。
実はさっきから何人もの兵士が集まって、人垣が出来ていた。
指揮官である山岸少尉の姿を見ても、わらわらと集まって来ないのには『やむにやまれぬ理由』があるのだろう。それは別に良い。
ここは戦場なのだ。手を離せないときなんてのは常にある。
敵と交戦している最中に『少尉殿だぁ!』と寄って来られても、困ってしまうではないか。
衛生兵が立ち上がった。丁度今『救命治療』が終わったらしい。
山岸少尉が来るちょっと前、左側に右手を取り付けて『起動』した所だった。すると取扱説明書の通り『自動防御機能』がオンに。
そこへ『大丈夫かな?』と、止せば良いのに『目視確認』なんて死に行ったものだから、鉄拳制裁をモロに食らってしまったのだ。
「もしかして、スポーンって、取れちゃったのかぁ?」
どこがどんな風に取れちゃったのかは、決して口にしない。
「そぅなんですよぉ」「あぁそれ、家の部下でも一人居たわぁ」
男には十分通じたらしい。山岸少尉も思い出して頷いた。
「やっぱり一度取れると、人間はダメだったみたいでぇ」
遠い目に納得して頷く。きっと一瞬の出来事だったに違いない。
「そりゃそうだ。でも、結構『飛距離』出ただろ」「判りますぅ?」
「判るよ」「流石。経験者は違う」「いや、俺じゃないよ」「えぇ」
「仕方ない。他の奴らにも気を付けるように言っとけよ?」「はい」
説明は大事だ。きっと事足りているだろうけども。合掌。




