アンダーグラウンド(十四)
ダンボールを片付けている。はっきり言って、黒田のせいだ。
被害を被っているのは、本来『メカニック』である黒松と、本来『主賓』であった黒井である。
単に、黒井に対する『イタズラ』を仕込んだに過ぎないが、それも度が過ぎた。
ブツブツ言いながらも、片付けには参加する黒松と黒井である。だって、黒沢が皿洗いをしている間に片づけないと、『明日のお弁当なし』と、言われてしまったからだ。
こちらも、罰にしては度が過ぎている。
「いてぇっ」
黒松の声が響いて、黒田と黒井が振り返る。
「あれっ、これぇ、本当に『温泉の元』ですか?」
蹴っ飛ばしたダンボールが重たくて、足の方が痛くなった黒松が、右足を抱えてピョンピョン跳ねている。
まったく、何やってんだか。怪我したって、病院なんてないのに。
「あぁ、何箱か、入っているのあるよぉ」
呑気に黒田が言って、笑っている。
「シャワーしかないのに、何でこんなの入ってるんすかぁ」
足の痛みは、大したことなかったようだ。黒松は、その一箱を放置して、他の空ダンボールを蹴って集めるのを再開した。
黒田はそのダンボールを足で潰し、隅っこに積み上げている。だから黒井が、重たそうなダンボールに、小走りで近づく。
ダンボールの蓋を開けると、白い物体が、ビニール袋に入っている。しかし、業務用なのだろうか。それは小袋ではなく、大袋である。黒井はそれを一つ手にした。ずっしりと重い。
表面には『温泉の元』と書かれているが、ひっくり返してみても、製造元とか、そういう記載がない。
透明の袋の中に見えるのは、羊羹と言うか、レンガと言うか、そんな長方形のものが三つ。
黒井は苦笑いした。冗談にしては酷い。
「黒田さん、これ、Cー4ですよね?」
『バンッ』
丁度、黒井が黒田に声をかけた時、黒田がダンボールを潰して、大きな音をたてた。
だからか、ニヤニヤ笑って、知らんぷりをしている。
「じじいっ!」
遠慮なく黒井が黒田を呼ぶ。言われた黒田も気が付いて、顔をあげた。
『バンッ』
それでも、足の勢いは止まらなかったようだ。大きな音が返る。
「なんだ! 若造!」
笑顔で振り向く。そこには、温泉の元を持った黒井が立っていた。
「これ、Cー4っすよね!」
笑顔で言われては、笑顔で答えるしかない。
「あぁ、そうだよ!」
ちょっと悔しいではないか。そんな簡単にバレるとは。
「良く判ったな! 『バンッ』」
悔しさを紛らわす。
そんなやり取りを見ていた黒松が、興味を持ったのか、トコトコとやってきた。そして、蓋の開いたダンボールを覗き込む。
「シーフォーって言うんですか? これ」
見たことがないものだったのか、自分でも一袋持ち上げてみる。
「意外と、重いんですねぇ」
そう言いながらも、取り扱えない程の重さではないらしく、表を見て、そして、ひっくり返して裏も見た。
「黒田さん! これ『銭湯用』ですかぁ?」
黒沢の質問が飛ぶ。それに黒田が気が付いて、顔をあげた。
「あぁ、そうだよ! 『バンッ』」
一言だけ答え、ダンボールを畳むと『シュッ』と膝蹴り。手慣れている。いや、足慣れている。
年寄にしては、鋭い蹴りだ。
笑顔で肯定するのを確認した黒松が、黒井に言う。
「でっかい湯舟、無いのにねぇ」
苦笑いで黒井に言う。黒井もつられて、苦笑いで頷く。
「黒井さんは、銭湯、好き?」
今度は、黒沢の人懐っこい顔につられて、迷いながらも答える。
「え? ええ、まぁ。スーパー銭湯とか、好きですよ」
「あ、良いよねぇ。でっかくてさぁ」
それを聞いた黒松が、黒井を指さして同調する。黒松も風呂好きのようだ。振り返って、黒田に叫ぶ。
「黒田さん! 『超・銭湯』好きですって!」
足を振り上げていた黒田が、その足を止め、こっちを見た。黒松が、黒井を指さして、ニコニコしている。右手をあげて答える。
「あぁ、知っている! 『バンッ』」
黒井から遠目にも、黒田が『ニター』っと笑っているのが判る。そして、ダンボールを踏み抜く音がした。
黒井は思う。
これ『戦闘用』の、プラスティック爆弾なんですけど。
それに俺『超・戦闘好き』とか、思われちゃってますけど。
黒井は一カ月前に、Tー4からベイルアウトした時よりも、頭が痛くなってきた。




