序.はじまりの満月の夜
不定期にゆるゆる更新しますので気長に待ってほしいです
満月が照らす夜。
とても静かで鏡のような泉の水面には、薄青いまん丸の月が浮かんでいる。
僕はその月を眺め、ただぼんやりと立っていた。
人の気配はなく、遠くでフクロウの鳴く声だけが――
「やっと会えた!」
静寂を破って少女が現れた。
月の光を映してきらきら輝く瞳の小柄な少女だ。肩下で揃えた髪が、彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。
「もー、サポキャラのくせになんでなかなか出てこないの!? おかげで攻略が全然うまくいかないんだよ! どうしてくれるの!?」
「サポ……?」
「そうだよ、きみ、サポートキャラの泉の精霊でしょ? ゲームじゃ、サポキャラと会話するときの背景は必ず夜のこの泉だったし、サポキャラは“泉の精霊”だから夜中にここに来れば会えるハズなのに、なんでなかなか出てこないのよ!」
目を潤ませて言い募る見知らぬ少女は“僕”を“サポートキャラ”の“泉の精霊”だと言った。
“サポートキャラ”がいったい何をさすものなのか。
困惑する僕をおざなりに、少女はなおも早口でまくし立てた。“ゲーム”では声だけだったから、まさか“僕”に姿や性別があるなんて知らなかったとも。
「もしかして、私自身がゲーム世界の住人になっちゃったから、サポキャラとかいないのかと思って焦ったよね……まあそれはもういいや。
早速だけど、今の各キャラの好感度とか攻略ヒントとか教えて!」
僕は首を傾げて考え込んでしまう。
彼女がいったい何の話をしているのか、さっぱりわからなかったからだ。
「どうしたの? 好感度は? 明日はどんな行動すればいい?」
「さっぱりわからないのだけど……僕がサポートというけれど、何をサポートすればいいんだ?」
「え?」
彼女はぽかんと口を開けて僕を凝視した。
僕は首を傾げたまま彼女の言葉を待つ。
「そんなの、私の攻略のサポートに決まってる……よね?」
「すまないが、何のことだかまったくわからない」
とたんに、彼女は途方に暮れた迷子のような表情を浮かべた。
「ねえ……だって、サポキャラなんだよね?」
「――そもそも、僕が“泉の精霊”なのかもわからない」
「え?」
彼女は大きく目を見開く。
「うそ」
「嘘偽りなく……君は僕が何者かを知っているの?」
「サポキャラが記憶喪失なの? バグ? だからうまくいかないの?」
蒼白な顔色でそれきり黙り込む彼女に、僕もなんと声を掛けていいのかわからず、ただそこに立ち尽くしていた。