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ショートショート10月~2回目

トマトジュース

作者: たかさば

 トマトジュースが、好きだ。


 食塩無添加の、トマトジュースが好きだ。

 食塩入りの、トマトジュースも好きだ。


 トマトジュースを使った、カクテルが好きだ。

 氷をたっぷり入れた、冷たいトマトジュースが好きだ。

 氷の解けてしまった、ぬるくて薄いトマトジュースも好きだ。


「ジュース」を名乗っているのに、清涼感のかけらもないトマトジュースが、好きだ。

「ジュース」と言いながら、全然甘ったるくないツンデレ感が好きだ。

「ジュース」のくせに、こってりのどに絡みつく往生際の悪い感じが好きだ。


 トマトジュースに出会ったのは、ずいぶん幼い頃の事だ。


 当時大好きだったアニメに出てくる、主人公のお父さんがこよなく愛していた飲み物。

 吸血鬼のくせになかなか血を吸えないため、トマトジュースをワイングラスに入れて飲んでいた。


 それが、とてもおいしそうに見えたのだ。


 トマトジュースへのあこがれ抱きながら、いつか必ず飲むのだと心に決めていた。

 トマトジュースにあこがれを抱きながら、いつになったら飲めるのだろうとワクワクしていた。


 トマトジュースが私の目の前に現れたのは、アニメの放送が終わる頃の事だった。


 たまたまお歳暮だかお中元だかでジュースセットをもらった時、トマトジュースが入っていたのである。

 家族は皆、トマトジュースなど見向きもしなかった。

 皆、トマトジュースが嫌いだったのである。


 しかし、トマトジュースを私が飲むことは許されなかった。

 高価な贈答品という事で、お客様が来た時のおもてなし用の備蓄として冷蔵庫の中にセッティングされることになったのだ。


 冷蔵庫の一番奥で、オレンジジュースやリンゴジュースと共に冷やされ続ける、トマトジュース。

 オレンジジュースも、リンゴジュースもなくなったというのに、いつまでも冷蔵庫の奥で待機を続ける、トマトジュース。


 やがて、冷蔵庫の中で賞味期限を迎えたトマトジュースは私のもとにやってきた。


 アニメの放送が終わって二年経った、夏の日の事である。


 二年間の思い募りが、トマトジュースを持つ指を震わせた。


 そっとプルタブを開け、匂いを嗅いでみた。


 ……トマトの匂い。


 お父さんが、美味しそうに飲んでいたトマトジュースが、ここにある。

 お父さんがおいしそうに飲んでいたトマトジュースが、ようやく飲める。


 そうだ、せっかくだからグラスに入れて、飲んでみよう。


 大きめのガラスコップにトマトジュースをあけると……、ジュースは、分離していた。


 長年冷蔵庫の奥で待機していたトマトジュースは、その成分を分離させてしまうほどに、長い間立ちっぱなしの苦行に耐えていたのだ。


 缶の底には、どろりとしたトマト成分がまだ残っていた。

 穴から箸を突っ込み、グルグルと回してみるものの、ケチャップのような粘性を持ってしまってなかなか出てこない。


 水道水を足して、コップに注いだ。


 少しぬるくなってしまったので、氷をたっぷり入れて箸でぐるぐると回すと…、二年前に夢見た、お父さんのトマトジュースが、現れた。


 一見血液っぽい、真っ赤なジュース。

 お父さんがごくごく飲んでいた、トマトジュース。


 期待を込めて、一口、飲む。


 ……。


 …………。


 トマトの、味はする。

 血液の、味はしない。

 甘く、ない。

 なんか、しょっぱい。

 こってりとしていて、のどごしが悪い。


 正直言って、微妙だった。


 だが、飲み残すわけには、いかなかった。


 我が家は、食べ物を捨てる事、残すことを厳しくしかる家風だったのだ。


 マズくても食べものはすべて平らげねばならない家だった。

 食べ切れない事態が発生すると、食べきるまで正座をさせられる家だった。

 マズいと思ったものは、誰かに食べさせて消費するのが当たり前の家だった。

 マズいものを食べるのは、大抵私の役目だった。


 マズいものを食べることに慣れていた私は、ちびちびとトマトジュースを飲むことにした。


 夏休みの宿題をしながら、ちびちびとトマトジュースを飲んでいた時、祖母から呼ばれた。

 庭の掃除をしろと命令が下ったのだ。

 言い訳をすればしかられてしまうから、私はジュースを冷蔵庫に入れて、庭に向かった。


 草むしりをし終えて、冷蔵庫に入れておいたトマトジュースを取り出すと、氷は全て融けきっており、透き通った上澄み液と沈殿したトマト部分が二層になっていた。

 それを箸でかき混ぜ、ちびりと飲んだ、時。


 ……とても、美味しかったのだ。


 炎天下で草むしりをしていたから、脱水症状になっていたからかもしれないが…とにかく、美味しかったのだ。

 氷が融けて、薄められたトマトジュースは、のどに張り付くこともなく、濃厚な香りを口内に放つこともなく、ただ爽やかに…私の中に取り込まれて行ったのだ。


 以来私は、機会があるたびに、トマトジュースを買っては、氷たっぷりで時間をかけて飲むようになった。

 そうこうしているうちに、食塩無添加のスッキリしたトマトジュースが登場し、その美味しさにドはまりするようになった。

 気がつけば大人になっていて、トマトジュースをアルコールで割るウマさを知った。


 いやあ…ウマい。


 実に…ウマい。


 トマトジュースって、ホント美味しいわ!!!


 今は気軽に自動販売機で買う事もできるからなあ、いい世の中になったことだ。

 コンビニには複数トマトジュースが並んでいるし、スーパーじゃトマトジュースコーナーまで設けられている。


 地方に行った時に、トマト入りの怪しげなジュースに出会ってしまうことがしばしばあるものの。


 おおむね、今のトマトジュースの流通量に満足している。

 ずいぶん、今のトマトジュースの地位が確保されていることに満足している。


 いやあ、いい世の中になったわ……。


 私は、今夜も。

 冷やしトマトをつまみながら、冷たいレッドアイをグビリと飲み干すので、あった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あのトマトジュース。確かに憧れましたね。 そして、実際、初めて飲んだ時の、う〜ん。想像していたのと違う、感(笑。
[一言] んん〜?……『今夜ときめく』、でしたかしら? (・・?
[良い点] トマト、いい野菜です。 [気になる点] トマトジュースと野菜ジュースの境界線。(ほぼトマトジュースなのに野菜ジュース扱いなリッチなアレとか2倍なアレとか) [一言] 夏場はそのままで飲み…
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