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第一話 降臨の日 7 勝利の報酬

「ここまでだ、エド」


 エドは答えず、その場でうつむいたまま動かなかった。

 これ以上は、かける言葉は見つからなかった。


「……っと」


 剣を収めようとしたが鞘がない。そういえば、剣だけを借りていたんだった。


「こっち、こっち」


 声に振り返ると、聖女が鞘を持って手招きしていた。

 俺は少し焦りを覚えながら、小走り気味に向かった。


 そして、聖女の前に立ち、彼女が差し出す鞘に剣を収めようとした。


「えっと、ありが──」

「……、これはイカサマだッ!」


 うずくまったままだったエドが、突然叫んだ。


「み、見苦しいぞエド。な、ななな何を根拠にそんなことを……!?」


「聖女から受け取った、その剣だ! あきらかに振るう速さが異常だった! まるで棒きれみたいに振りまわしていやがった!」


 エドの指摘に、俺はぐうの音も出なかった。なぜなら、そのことを誰よりも実感していたのは他ならぬ俺自身だったからだ。


 ただの負け惜しみと思われたエドの物言いを、当初、周囲は呆れたようすで見ていた。しかし、それに対する俺の不自然なまでの慌てように気づくと、聴衆もざわめきはじめた。


 残念ながら、俺に芝居の才能はまったく無いようだ。


「ふふっ」

これには聖女も苦笑い。


「あの、すいません」

「え?」

「あなたの剣を、少し貸してもらえますか?」

「あ、はい」


 聖女は鞘口を向けてきたので、それに剣を収めた。

 断る理由はない。そもそも俺の剣じゃないし。

 白銀の剣を鞘に収めると、聖女はそれを持ってトコトコと歩き出した。


「さぁ諸君! それ見るがいい! 何一つ、まともに言い返せやしないのが何よりも確かな、その証拠だ! この卑怯者が!」


 司祭と巫女と俺に数十人の僧侶たち、そして数百人の聴衆が無言で見守る中、聖女は、調子にのって喚きちらすエドの前に立った。


「じゃあ、互いの剣を変えてみますか?」


 まだ立ちあがらずに、立てひざを突いたままのエドに向かって言った。


「はい、どうぞ」

 聖女は、エドに鞘ごと剣を差し出した。


「え、あっ、はい」


 エドは言われるがまま受け取り、そして、剣を掴んで鞘から引き抜いた。


「おわっ!」


 その途端、エドはまるでひしゃげるように地面に倒れこんだ。


「なんだこれ、重っ!」


 地面に張り付いた剣を両手で握り力を込めるが、まったく動かず持ち上がる様子はない。


「あなたは、この剣を持つことすら許されない。これでは無理ですね」


「これは、いったい……?」

 エドは呆然と、聖女の顔を見上げた。


「あなたは選ばれなかった、というわけです」


 最初から決まっていたことだと、聖女は言った。


「ほとんどの勝負ってものは始まる前から決着がついているモノなんですよ、ね?」


 振り向いて誰かにたずねる聖女、その視線の先にはアリ-シャがいた。


「さ、最初から決まっていた? なんだそれ!?」


 エドはもちろん納得しなかった。それは当然の怒りだと思う。


「でも、あなたは知っていた。いや、信じていたのでは?」

「な……!?」


 およそ不明瞭な、聖女のその言葉に、エドはなぜだか黙りこんだ。そして、そのままうずくまり、動かなくなった。


 聖女は、もう話は済んだとばかりにエドから背を向けた。


 それから、地面に転がっていた鞘を拾い、次に、剣を収めようとしたが上手くいかなかった。


「すいません、手伝ってもらえます?」


 周りにいた領主の私兵たちの手を借りて剣を鞘になんとか収めた。

 なるほど、聖女もあの剣は重いのか。

 だが、不思議なことに鞘に収めれば大丈夫のようだった。そのままスタスタと、こちらに歩いて戻ってきた。


「トモアくん、これありがとう。それじゃあ返すね」


 剣を胸に抱えて微笑む聖女。


「いや、これは俺のものでは……」

「大丈夫、僕は剣なんか使えないから。それに見たでしょ? この剣は君しかまともに使えないんだから」


「……本当なんですか、それ?」

「はい、両手あげてー」


 俺は言われるがまま、反射的に両手を高くあげた。

 聖女は、俺の疑問に答えず無視したかと思うと、次の瞬間、体当たりしてきたのかと錯覚するぐらいに接近してきた。


 ちょっ、近い! まるで抱きつかれているかのような格好になっている。そしてなんか、俺の腰元でゴソゴソと何かしている。


「はい、できました」

「えっ、と、はっ?」


 焦っていて気づかなかった。

 鞘を通すベルトをつけてもらっていたようだ。

 聖女と共に現れた白銀の剣は今、俺の腰に収まっていた。もしかして、これは優勝商品的なあれなのだろうか?


「あ、ありがとう、ございます」

「どういたしましてー」


 これが、俺が初めて聖女とまともに会話した場面だと思う。

 そのときの俺の感想は、なんか軽いなこの人、だった。

 照れ隠しだろうか、なんとはなしにあさっての方へ俺は余所見をした。


 それで気づいた。俺を見る聴衆の目が変わっていた。それは畏怖の目だった。


「では、こちらへ」


 聞こえてきた声に、俺は深く考える前に思考を中断させた。


 司祭に促され、俺たちは教会へと向かった。

 大きな正面扉をくぐって、教会の中に入った。

 なんていったっけ? なんとかガラスに長い髪の聖女像。左右対称に整然と並べられた長椅子の群れ。それは遠い記憶のままだった。


「しばし、ここで待たれよ」


 司祭はそう言うと、僧侶たちをつれて去っていった。

 この場には俺と聖女、そして、アリ-シャだけが残された。

 

 アリーシャは口を開くことなく、俺の方をただじっと見つめてきた。

 久しぶりに幼馴染と再開して少し緊張しているのだろうか?


 なら、ここは俺から話しかけるべきだろう。


「えっと、俺のこと覚えてる?」

「……はぁ?」


 それが五年ぶりに交わした。

 今代の巫女、アリーシャとの会話だった。

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