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第一話 降臨の日 6 決闘

 さて、これからどうなる。


 予想外の展開に領主たちは困惑している様子だ。そして何やら領主とその取り巻きたちは揉め始めた。


 もしかして、また他の候補者でも用意するつもりなのか? しかし、その行為に意味があるのか。肝心の息子は選定から脱落したのだから。どこの誰だか分からない男に目論みを邪魔された領主としての面子というのもあるのだろうけれど。


 領主のそばにいた若い男、領主の長男が自分が出るのだと訴えていた。

 だが、領主は彼の主張を必死に抑えている。エドは次男坊だというのもあった、長男はもったいなくて渡せないだろう。


 俺の方はというと、正直いって連戦は勘弁してほしい。考えているのはそれだけだ。この一回で体力も相当使ったし、というかもう疲れた。


 次の相手とか出てきたらこのまま続けて勝つのは無理そうだ。というか、途中参加は許されるのだろうか。それならば、どう考えても体力万全の状態での後出し参戦の方が断然有利だというものだろう。


 まぁ、どうにでもなれと、なりゆきに身を任せることにして、とりあえず天を仰いでいると、周囲がザワザワと騒然としはじめた。なにか嫌な予感がした。


「トモアアアァァァッ!」


 逆上した叫びが広場に響いた。


 声の方を振り向くと、倒れていたエドがひざをつきながらも起き上がり、そばに居た自警団から奪った剣を抜いていた。


 馬鹿野郎……っ!

 こいつ何考えてんだ。場の空気が切り詰める。警備していた武装する僧侶たちの目が変わった。取り押さえられる、だけでは済みそうにない。


 エドはまだ続きをしたいようだ。だが、彼らはそれを許しはしないだろう。このままだとどうなるか分かっているのか?


 過去にない人生最大の危機だ。俺じゃなく主にエドが。これでは教会を敵に回したも同じである。下手したら異端審問にかけられてもおかしくはない。


 かわいそうに蒼白になった領主は、息子の突然の暴挙になすすべなく呆然と見守っている。


 エドの怒りの視線は俺を捕らえて放さない。我を忘れて周りがまったく見えてないようだ。しかし、この状態のエドに言葉が届くとしたら、やはり俺しかいないのだろう。


「……ああ、そうだよな。俺もそう思ってたところだよ、エド」


 一触即発の張り詰めた静寂の中、俺の声だけが響いた。

 今のエドを落ち着かせて剣を放すように説得するというのはちょっと無理な話だろう。ここはあえて流れに逆らおうとせず、うまいこと乗り越える道を探すしかない。


「トモア……ッ!」

「やっぱ真剣で勝負を決めないとな」


 周りの視線が集った。慣れない注目に落ち着かない気分は無視する。司祭もまた俺の行動を観察するように見ていた。


「木剣なんてしょせん稽古の延長だ。巫女の護衛役を決めるのにはこれじゃあちょっと力不足じゃあないですか? より実戦に近い真剣でやるべきだと、俺は思うわけですよ」


 反応は鈍いが感触は悪くない。僧兵たちは黙って聞いていた。


「……でしょう?」

 司祭に問うた。


「ならば続けたまえ。他でもない勝者である、君の言葉だ」

「どうも」


 やったぜ、命拾いしたなエド。なんて素直に喜べと言うつもりはなかったが、エドはまるで親の敵を見るような眼で俺をにらんでいた。


 この恩知らずめ、俺は命の恩人といっても過言ではないんだぞ、この野郎。

 エドを助けたのはいい。だが、もう一度だ。延長戦をやることになってしまうなんて。まぁそれは仕方がない。これも自分の蒔いた種だ。


「あ、やっべ」


 そして、もう一つ大きな問題があった。肝心の剣がないのだ。

 俺の手にあるのは木剣。真剣で勝負だと言った手前これは使えない。いや使ったとしても俺に一方的に不利でしかない。


 あたりを窺う、武器はないのか武器は。


「これをどうぞ」

 あたふたしていた俺の横から剣が差し出された。


「あ、どうも」


 振り向いて、剣に伸ばそうとしていた手が止まった。俺に声をかけてきた相手はなんと、銀の聖女さまだった。


「どうしました?」

「あ、え、本当にいいんですか?」


 両手に抱えられた鞘入りの剣。よく見れば、聖女が腰に差していたものだった。


「ええ、どうぞ」

 聖女は笑顔で答えた。


「じゃあ、お借りします」


 不敬とかバチ当りとか頭に浮かんだが、彼女が良いと言ってるのだから別にかまわないだろう。

 ええい、ままよ! と、差し出された剣を鞘から引き抜いた。


 現れた刀身は白銀に輝いていた。これまで見たこともない、とてもきれいな剣だった。

 最後に軽く頭を下げて聖女とわかれる。


 ああ、すごい緊張した。短い会話ではあったが失礼はなかっただろうか? なんせ育ちがあまり良いとはいえないもんだから不安だ。


 戦闘準備は完了した。

 エドはもうすでに立ち上がり、きしむ音が聞こえそうなほどに強く剣を握りしめ、こちらの方を見据えていた。怒りの形相はそのままだ。


 司祭はすでに俺たちのそばから離れていた。開始の合図を待つ必要ないようだ。


 戦いは始まっていた。


「トモアァッ!」


 俺が剣を構えるのと同時に、エドは飛びかかってきた。


「俺が負けるのはおかしいんだ!」


 エドが喚くようにしながら斬りかかってくる。


「足の運びも無茶苦茶で、剣の振り一つとってもぜんぜんなっちゃいないっ。まるで素人の動きそのものだ!」


 憤る感情を力任せにぶつけるような攻撃ではあるが、そのぶん威力もこもっており容易に隙とみなせるものというほどではなかった。あせらず一撃一撃を対処する。


「いくらなんでも、ひどくないかっ?」


 言われっぱなしもしゃくなので、俺も反論しようとしたのだが、何も言い返せずただの抗議で終わった。


「なのに、なぜだ!」


 どちらにせよ、エドの耳には届いていないようだった。


「逃げ帰ってきた負け犬野郎の、臆病者から習った恥知らずの剣がッ!」


 一度目の打ち合いあと、つばぜり合いにはならず、すぐに離れて間合いをとった。真剣には慣れていなかったというのもある。しかし、それはエドも同じだったようだ。


 真剣で斬り結んだ実感が今頃わいてきたのか、エドの頬を一筋の冷や汗が流れ落ちた。しかしそのおかげか、怒りにのみ支配されゆがんでいた彼の表情も引き締まり、こちらの動きを観察するような冷静さを取り戻していた。


 だが確かにこいつは、俺を本気で殺すつもりで斬りかかってきやがった。 

 いや違う、エドは最初からそのつもりだったのだ。


 だから、剣を抜くことができた。


 それだけ巫女の、アリーシャの盾になりたかったのだろう。今この場で剣を交えている最大の原因、その理由。俺は真剣に向き合っていたなんて、とてもではないがいえたものではない。

 

 あのとき名乗りをあげたこともそう、その場の勢いに任せただけのものだった。思えば、さきほどまで自分の実力を確かめて喜んでいた俺はきっと、アリーシャのことを考えてなどいなかった。


 ふと、アリーシャの顔をもう一度見てみたいなんて考えてしまった。今それはちょっと無理な話だ。この状況で余所見をするなんて自殺行為以外の何ものでもない。目の前にいる、その手に持った剣で俺を斬り殺そうとしている相手からいっときでも目を離すわけにはいかなかった。


 そうだな、これはもうすでに力試しの儀式なんかじゃあない。男と男の果たし合いだ。エドと比べて、俺にその覚悟が足りていなかったのは否定できない。だからこそ、これはけじめでもある。俺も命をかけて全力で答えるしかない。


 叔父の教えを思い出す。初心に帰るってやつだ。いやまぁ、それほど初心から離れたつもりもないけれど。


 師曰く、戦わば逃げの道なし。

 なぜなら、逃げるという選択肢がある時点で無心で逃げるのが最良。迷う必要もなくさっさと逃げるが勝ち。それ即ち、戦いとは逃げることが許されないからこそ起こりうるもの、というわけだ。


 現に、俺は今こうやって剣を構えてエドと対峙している。たしかに、逃げるという言葉自体は頭には浮かんではいるが選択肢としては存在していない。


いやだって、この状況で尻尾を巻いて逃げるってわけにはいかないだろ。


 エドも多少の落ち着きを取り戻したとはいえ、完全に冷静になったわけではない。であるならば、ここに付け入る隙があるはずだ。


 俺はエドに向かって、挑発するようなわざとらしい笑みを浮かべて言った。


「良い音だな、刃をつぶしてない真剣がぶつかる響きってやつはよ」


 もちろん、俺は真剣で誰かと斬りあったことなんてこれまで一度だってなかった。これは、ただの虚勢。相手を呑むにはとにかく余裕が大事だ。


「ふんっ、気取りやがって」


 おそらくだが、エドだってそうなのだろう。


「なぁエド、人を斬ったことはあるか?」


「お前はどうだ?」

「ないな」

「俺はな、猪狩りをしたことがあるぞ」

「へぇ、そいつはすごい。お前が仕留めたのか?」

「いや、だが、ちゃんと一撃あたえたぞ。俺の槍が馬鹿でかい猪の体に突き刺さったんだ」

「そうか、その程度なら俺のが上だな」


「何がだ!?」


 エドが苛立ちげに剣を振るった。言葉の威勢の割りにその剣圧は重さが伴っていない。残っているのは隠し切れない動揺だけだ。


「忘れたのか? 俺は猟師の息子だ。数え切れないほどの獲物を仕留めて暮らしてきた。皮を剥ぎ肉を削ぎ、それを物心ついたときからな」


 主に鳥やウサギの小動物で、得物は剣ではなく弓と矢ではあるけれど。

 どっちにしろ関係ない、要するにハッタリだ。


「だから、それがどうした!?」


 上段からの袈裟切り、早くも大振りだ。俺は余裕を誇示するために体を逸らすだけで避けてみせた。だが、想定以上に紙一重になった。次からは慎重に剣で受けよう。


 しかし、当たっていたらただではすまない。すっかり遠慮もなくなったみたいだ。元から、そんなものはなかった気もするが。


 俺の口撃に意味は有ったのか無かったのか、エドの勢いはさほど変わらず、その剣はなお油断は禁物と判断。俺も負けじと応戦する。


 再び、攻めては受け、攻めては受けの攻防となった。

 けれど、さきほどまでとは違うところが一つあった。


 今はっきりと気づいた。剣がすごく軽い。この手に持っている白銀に輝く鉄剣がまるでハリボテになってしまったと錯覚するくらいに。


 たしかに、聖女から剣を受け取ったとき、ずいぶんと軽い剣だなと思った。こうやって実際に剣を振ってみてあらためて実感したのだろううか。


 さっき使っていた木剣より軽いと感じる、いや全然軽い。はっきりと違いがわかるくらいに。そのことを自覚したせいもあるのか、俺の剣さばきが眼に見えて変わった。こんなに調子が良かったことはない。


 エドも俺の突然の変化に気づいたのか、何事かと戸惑っているようだ。


「いったい、何が!?」

「何を不思議がっているんだ。当然だろ? 木の棒を振るよりこっちのが殺し合いに適してるんだからな」

「ふざけやがって!」


 相手の攻撃に逆らわず、剣を狙い撃ち。打ち返す要領でフルスイング。容易に合わせることができた。はじき返されてエドは一瞬目を白黒させて体制をくずしかけ、たたらをふんだ。


 さきほどまでのエドの勢いが消えていた。明らかに消極的になっている。


 俺の剣速が急に上がって戸惑っているのもあるのだろう。さらに、俺のつたない心理戦の方も効いたと思っていいのだろうか? いや、ないな。


 エドの剣にも変化が現れていた。どんどん反応も鈍く遅くなっていく。まるで俺の剣まで、よりさらに軽くなっていくようだ。これなら、この長剣でもやろうと思えば片手で持ってさばけるんじゃないかってくらいだ。


 それとは逆に、連戦で俺もいいかげん疲れが出てきたのか、エドの剣が徐々に重くなってきている気がした。今はまだ、速さで補えているが、これでは時間の問題だ。いつまで俺の体力が持つか分からない。


 エドは混乱しているのか気づいていない様子で、一見、俺の方が押しているように見えるはずだ。しかし、このままではまずい気がする。早めに決着をつけないといけない。


 一撃くらったら終わり。かするのもだめだ。


 それはエドに対しても同じだ。まかり間違ってもぶった切るわけにはいかない。


 うまく決着をつける方法はただ一つ。さきほどの再現だ。


 なぜだか解らないけれど、この剣に持ち替えてから今までないくらいに、とても調子がいい。慣れない木剣を使ったことによる反動だろうか?


 さて、今度はこっちが攻める番だ。速さにまかせて連続で剣を打ち下ろす。エドは打って変わって防戦一方、完全に引いた体勢になった。息もつかせず、さらに追い込んでいく。エドの体が泳いだ。


 この隙を逃しはしない。


「いいかっ、しっかりと全部受けろよ!」


 ただひたすらに速さだけを意識して連続で剣を叩きこむ。

 エドはまったく追いつけていない。


 さらに、体を大きく振って右から左へと、構えの逆位置をついて翻弄する。

 いける。このままとにかく手数。考える暇を与えない。


 もはや構えるだけになったエドの剣。

 もう速さはいらない。


 トドメを指すように力の限り叩きつけた。

 エドの手から剣が離れた。


「ぐあ……ッ!」


 剣を落とし、ひざまずいたエドの鼻先に、俺は剣を突きつけた。


「──そこまで」


 司祭が戦いの終わりを告げた。

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