第一章 エピローグ
シニアン村での戦いの数日後、俺はアリーシャと聖女を連れてゾモラ遺跡にいた。二人に、あの絵画の形をした封印を見せるために。
エリスは一足先に王都へ報告をするために帰った。
俺たちが再び大聖堂に戻ったときやりやすいようにしておくと言っていた。彼女は先日の宣言どおりに聖女のために身を粉にして働くつもりなのだろう。
宣言といえば、俺は盛大にやらかしてしまっていた。
この戦いが終わったら、なんつって、その場の雰囲気に盛り上がっていたときはいいが、いざ落ち着いて冷静になると、らしくない言動に顔を覆いたくなるものだ。
というわけであれはあれなので今後ともよろしく。
と、ふんわりした感じで言葉をにごそうとしたが、駄目ね、やり直し。と、アリーシャは認めなかった。
最終的に衆人環視のもと、左手の騎士ヴァーテルにならって、姫メアリへの宣誓を暗唱することになった。あのときの、子供のころのそのままに。
そういえば、聖女は俺の言葉を止めようとしていた。
こうなることを知っていたのだろうか。
なら、もっとちゃんと止めてほしかった。
我ながら勝手ではあるが、うらめしい目で彼女の背中を追ってしまうのもそのせいだ。
その聖女はじっと封印の絵を見つめていた。
「エリスはこいつを見て、魔の諸侯の一つと言っていました」
「ええ、そのとおりです。なぜ私が知っているのかは、もう説明はいりませんね」
未来でみた。もしくは過去、この封印に立ち会ったからだろう。
「で、どうします、これ?」
「アリーシャさんが封印を解こうと思えば解けるはずですが、今の私たちにこれの対処ができるかはわからない。いえ、おそらく無理でしょう。けれど、すぐに目覚めるとかそういうわけでもありません。まだ時間的な猶予もあります。ひとまずは放っておいたほうがいいと、僕はそう思います」
「この封印をしたのはアリーメイアですか? いや、アリーメルデ?」
「どちらでもありません。これをやったのは先代の巫女です」
「先代の巫女、ですか?」
数十年前に死んだとかいう。いやまて、それじゃあ数十年前もこんなやばいのが復活してたってことなのか。そして、人知れず戦っていた?
俺はアリーシャの方を見た。彼女は首を横にふって答えた。アリーシャも知らなかったようだ。
いや、教会の奴らだって知らないのかもしれない。
ここにきた最初の目的は、その危険性を伝えるためだった。
そんな事実を知っていれば、わざわざここにくる必要もない。巫女と聖女を閉じ込めておく余裕なんてないことを、彼らも理解していたことだろう。
「聖女さまは、その先代巫女の未来も視たのですか?」
先代の巫女には聖女が降りてこなかったという、たしかそんな話だったはずだ。であるなら、聖女は直接には会っていないことになる。
「……視たのでしょうか? 今の僕にはわからない」
聖女は少し困った顔をした。嘘をいってるようには見えない。
「どんな人だったのかな?」
「トモアくんなら、いずれ彼女の足跡をたどることもあるでしょう」
「俺たちの旅とこれから何か関わってきたりするのですか?」
「さて?」
聖女はすっとぼけて答えた。今度はわかりやすかった。
「私たちに、まだ全てを教えてくれるわけではないんですね?」
「おおまかにならかまいませんよ。けれど、まだ全てを話すというわけにはいきません。トモアくんの成長という不確定要素があるからね」
俺がまだ知らないほうがいいこともあるってわけか。
「では、今後のことを聞いても?」
アリーシャの問いかけに聖女はうなずいた。
「しばらくはダンダリア党との戦いになるでしょう。彼らは巫女の命を狙う。魔に対抗できる人の身を超えた強大な力。その過ぎた力が魔を呼び寄せると考えた。本末転倒な考えですが彼らは彼らで必死なのです。それから、ダンダリア党と思想を一致させる領主や、利害のために動く領主たち。これらもいずれ敵対関係になるでしょう。そして魔王の復活です。ここからは人と魔の戦いが始まります。争っていた人類もようやく手をとりあうことになります。失ったものの尊さに後悔しながら」
「え、領主と敵対? 俺たちが?」
さらっとすごいこと言わなかったか? 魔王とかいうのはもうわからん。
「ありえる話ね。魔王の復活、こっちはまるで子供に聞かせるためのおとぎ話だけど」
「おやおや、巫女の言葉とは思えませんね」
「正直、まったく信じていなかったわ」
アリーシャは、はっきりと言い切った。
「英雄が神殺しなんて珍しくありません。それに魔なんて名称がついていたらなおさらです。僕もある意味、トモアくんに殺されたようなものだから」
なんとも人聞きの悪いことを。
「もう隠さないんですね」
アリーシャは、ふぅーと一つためいきをついた。
「トモアくんの成長も少し早まりましたが、まだまだ剣の力に目覚めはじめたばかり。けれどもいずれ、彼だけが、魔の神に対抗できる唯一の、人類の盾となるでしょう」
「そのときがきたら、私は何をすればいいのでしょうか?」
「それはもちろん応援するのです、トモアくんを。一番側でね」
「応援? それなら任せて」
そう言って、二人は俺を見て微笑んだ。
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