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第一話 降臨の日 3 貴族の息子

 父と母に旅立ちの挨拶を終えた俺は、儀式を見届けるために街へと急いだ。


 教会が見える中央広場前の階段に、通行人の邪魔にならないように端の方に座って待っていた。いつ始まるのか、実をいうと俺は知らなかった。だが、もうすでに朝早く儀式は終わってしまったということはないだろう。他にも同じように待っている人がいるからだ。


 降臨祭は二つの生誕祭とは違い、慎ましく厳かに楽しむ祭りの日だ。

 どちらかといえば静かに体を休めるためにある。降臨際がなぜそうなったのかは知らない。天から聖女が舞い降りるというあまりの超然とした出来事に対して人は対応できないからさっさと寝て嵐が過ぎ去るのを待つべし、そういうことを表しているのもしれない。


 教会も降臨祭に際して何か特別な催しがあるわけでもない。それでも普段は解放している。

 だが、今回は人を通さないようにしているのか、まるで教会には寄せつけないとするかのように、神父と老シスターが教会の前に立っていた。今日、何があるのか分かっている住民は興味ありげにしつつ教会付近を見守っているが近づこうとはしていない。


 今日の降臨祭にあわせ、この街で聖女降臨の儀式が行われることはセルビエスの住民にとって、もはや公然の秘密であった。人の口に戸は立てられず。街の住民ならどこからともなく広まった噂で周知の事実となってしまっている。


 俺も叔父のジェロームから聞いた。叔父も自警団のつながりで耳にはいったのだろう。

 ということはその情報はたしかだ。彼らの雇い主はこの街の領主だからだ。


 領主なら今日ここで儀式がおこなわれることも当然に把握しているだろう。前もって自警団の連中もなにやら特別な指示をうけているようでピリピリしているらしい。そう他人事のように言った叔父はどうやら別みたいだが。


 聖女を呼び出すという巫女の超然たる力。ここに集まっている人々がそれらを信じているかどうかはおいとくとして、今日ここで何かあるということは確信しているようだ。


 当時、セルビエスから次代の巫女が見出されたことを教会は大々的に発表することはなかった。それゆえ、街からアリ-シャが消えたことについて憶測により様々な噂が流れた。


 どこぞの貴族に見初められたので出世のために身売り同然に嫁がされただのという下衆でもっともらしいものもあったが、どこからもれたのか彼女が巫女に選ばれたらしいという真実の情報も噂の一つとして流れていた。


 そのころ見覚えのない教会関係者が街を出入りし住民も不審がっていたことが信憑性をあたえ、彼女のどこか神秘的な印象を与える容姿もあって、この噂もなかなか根強い人気があった。


 しかし、渦中の人は街一番の大商家だ。こいつ、あなたの娘さんの噂話を面白おかしく話していましたよ、なんて告げ口されて目をつけれらるなんてことがあったらたまったものではない。いつしか、アリーシャのことは禁句のようになっていた。


 それから数年が経ち、街の住民にとってはおそらく記憶の彼方になっていたのだろうが、ここぞとばかりに思い出して大いにおどろき、そしてやはり噂は本当だったのかなどと勝手に納得したりしているのだろう。


 しかし、どうやら噂好きの住民たちも余所者まで巻きこむつもりはなかったらしい。

 今日、儀式が行われることは街の外までは知られていないようだ。さもなければ、巫女や聖女を一目見ようと観光客でさらに人があふれかえっていたことだろう。


 偶然居合わせた行商人たちは、本来なら人影もまばらが当然の降臨祭で、中央広場が人でごったがえしていることに何事かとおどろいているのではないだろうか。


 現在も、教会が巫女の存在を大々的にひろめるようなことは一切行われていない。なぜかは知らないがそんなことを気にしてもしかたがない。


 ここで待ちはじめてどれくらいの時間がたっただろう。そんなことをぼんやりと考えていたとき、影が光を遮った。


 俺の前に、一人の男が立ちどまっていた。


「……エド」


 男の名はエドモンド・ハーストン。俺の幼馴染であり、この街を治める領主リディックス・ハーストンの息子だ。


「エドね、懐かしいな。俺をその名で呼ぶやつはすっかりいなくなった」


 見ない間にずいぶんと立派な体格になったもんだ。今では背も俺よりでかい。子供の頃はチビで丸々と太っていたというのに、横に広がっていた分が引っ込んでそのまま上に伸びたようだ。


「お前も剣を習ってるんだってなぁ」

「まぁな」

「自警団の小隊長、だろ?」

「ああ、そうだ」

「剣で名を挙げると大言はいて出て行ったくせに、女捕まえてノコノコと帰ってきた男だ。ん? 違うか」


 どうもこいつは久しぶりに会った幼馴染にケンカを売りにきたらしい。


「ああ、その叔父に剣をならってる」


 だが、その理由に見当もつかないし、買う理由もない。適当に流すことにする。


「ふんっ、それで俺に勝てるつもりでいるのか?」


 勝つってなんだ? エドの言葉に俺は首をかしげた。

 こいつと勝負の約束なんてした記憶はない。


「何のことだ?」

「とぼけやがって、儀式の日に俺と戦うために鍛えてきたんだろ?」

「俺と、お前が?」


 さっぱりわからない。まったくもって身におぼえがない。


「おいおい、本当にわからないのか?」

「だから何がだよ?」


 エドは今度は黙り込み、手をアゴに置いて考えはじめた。


「知らないだと? ……まぁそういうこともあるか」


 どうやら二人の間で誤解というか何らかの齟齬があったようだ。いきなりのケンカ腰もそこに原因があったのだろう。俺には思い当たる節がないのでさっぱりだ。


「勝手に納得してないで説明してくれ」

「ちっ、仕方がないな」


 エドはため息を一つ吐き、それから呆れたように静かに首を左右にふった。え、何その態度? なんだか俺が悪いみたいじゃないか。領主の息子と猟師の息子。こう並べると語呂はけっこう似てるがその立場はずいぶんと違う。入ってくる情報の差なんてそりゃ桁違いだろうよ。ほら、やっぱり俺は悪くない。


「今日、これから聖女降臨の儀式があるのはさすがに知ってるだろう?」

「噂では聞いてる」


 少し白々しい答えになったか。今の俺が儀式を見るためにここで待っているなんてことは一目瞭然だろうと思う。しばらく続けていた、儀式にはまったく興味がない、なんて無駄に装う癖がまだ抜けていないようだ。


「アリーシャが帰ってくることは?」

「それは……、やっぱり帰ってくるのか?」

「確かだ。その様子だと気づいてはいたようだな」

「アリ-シャが巫女になったのは知ってる。だから、なんとなく帰ってくるんだろうなとは思ってたよ」


 聖女降臨の儀式があるのなら彼女がくることは予想できる。当然だ、巫女がいないと始まらないからだ。


「巫女は年齢が十六になると、その年の降臨祭の日に生まれ育った街に戻り、そこで聖女降臨の儀式を行う」

「そうか、それで今年の降臨祭に……」


「聖女降臨が無事にとどこおりなく行われれば、まぁこれについては少々信じがたいものもあるが、そのあとにもう一つ大事な行事が残っている。聖女と巫女、といえばもう一つ欠かせないものがあるだろ」


「ん? 盾だな、巫女の盾。……それが?」

「それを決めるんだよ。聖女と巫女が行く旅の護衛役である盾を、いったい誰が務めるのか。その場でな」


「どうやって……?」

「簡単だ。剣の腕で決める」

「は?」

「自分こそが巫女の盾にふさわしいと、名乗りをあげた者の中から最後まで勝ち残ったやつに決まる」


「それは、……知らなかったな」

「知らないわけがないはずだっ。あのときだってお前は……!」

「いや、本当だ」


 そうか、勝負ってそういうことか。


「俺はたしかに今日の儀式を見にきたよ。だが、ただ見にきただけ。ただそれだけだ。その後すぐに俺は旅に出るつもりだった。剣を習ったのもそうだ、誰かを守るためとかではなくて、自分の身を守るためさ」


 俺の言葉に納得したわけではない。

 しかし、嘘をついているようにも見えないのだろう、エドは困惑しているようすだ。


「お前は、その、巫女の護衛とやらになるつもりで剣を習ってきたのか?」

「俺は、お前だってそうだと思ってたんだがな……」


 そうか、エドはずっと努力していたのか。 

 俺なんて、とっくの昔にすっかりとあきらめてしまったというのに。


「そうか、がんばれよ」

 他意はない。本心からの言葉をおくった。


「ふん、お前に言われる筋合いはない」

 言い捨てるとエドは去っていった。


 今日、この日に護衛役の盾が選ばれることなんて俺は知らなかった。誰もが知ってるようなことなのかどうかもわからない。あの日から、聖女や巫女に関するものに対しては極力ふれないようにすごしてきたのは事実だ。教会なんて子供のころ以来行ってない。


 叔父は知らなかったのか? いや、おそらく知っているだろう。

 腕に覚えがある自警団員が手をあげることも予想して、領主はあらかじめ彼らに言い含めてあるはずだ。自分の息子を巫女の護衛にするために。


 なぜ俺にこの事を伝えなかったのか。それくらいのことは俺が知っていると思っていたのか? 逆に、俺が知らなかったことを叔父がわかっていたとすれば、きっと考えがあるはずだ。そうであるなら、叔父はこれこそ俺に見せたかったものなのかもしれない。


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