第四話 巫女の盾 7 一悶着
村役場であらためて話を聞く。
村長はこの村に危機が迫っていることを、アリーシャに説明した。そして、その助力をアリーシャに嘆願した。
「そうですか、それは大変ですね」
どこか他人事のようにアリーシャが言った。
「なんか危ないみたいですし、早いとこ帰りましょうか?」
続く聖女の言葉。
「そうですね」
アリーシャがそれに同意した。
「は?」
村人たちはいっせいに驚き動揺した。それは俺とエリスも同じだった。
「ちょっと待ってくれよ、アリーシャ。じゃあなんでここに来たんだ?」
「そんなの、トモアを迎えにきたからに決まっているでしょう」
アリーシャは平然と答えた。そして、そのままスタスタと聖女を連れて外に出てしまった。俺はあわてて後を追った。
「お待ちくだされ!」
村長たちも、村役場から出てきて外に集まってきた。
「我々を見捨てるとおっしゃるのか。人に害なす魔の者たちと戦うことこそが巫女である、あなた方のお役目ではないのですか?」
「私たちの? 関係ありませんね。彼らはただの不逞の輩。魔の力に溺れ、いくらその姿かたちを変えようとも、ただの人間です。この村を守りたければ、あなたたちの領主に助けを求めるべきなのでは? 領民を守るのは領主の役目、そうでしょう?」
「待ってください、我々にそんな時間はもう……っ」
「そうでしょうか? 時間は十分にあったでしょう。私たちが連絡をうけてここに向かうまでに、トモアを牢に閉じ込めておく間に、いくらでも」
「それは、巫女様たちがきてくれると、我らは信じて……」
「私の大切な友人をあんな牢に入れておいて、何を言うか!」
アリーシャが怒りに声を荒げた。しまった、俺を牢にいれたことでアリーシャを想像以上に怒らせてしまっていたのか。
「無礼をお許しください。それしか方法がなかったのです」
「なんとも卑劣、としかいいようがありません」
「待ってくれ」
「トモア?」
「その提案を受け入れたのは俺だ。今思えば、俺も間違っていたと思う。あのとき、もっと彼らと話あっていれば……」
こんなに話がこじれることもなかったのでは。
アリーシャだって、相手が人だとか魔物とかの区別で困っている人たちを助けるかどうかの判断をしなかったはずだ。迷子になった子供のときだってすぐに助けようと動いたではないか。
「トモア、あなたは負傷していたのでしょう。騎士どのに治療を施してもらわなければ命の危険があったとも聞いています。そんな状態のあなたに判断を委ねるほうがどうかしている」
「し、しかし」
「巫女さま、どうかご慈悲を。領主さまに助けを求めるには今からではとても」
「村長、あなたの判断は間違っていた。その責任はとらなければいけない。もちろん、あなた一人の手に負えるものではない。この村もあなたと運命をともにすることになるでしょう」
「ちょっと待ってくれよ!」
あくまで助力を拒否するアリ-シャに、たまらず村人の一人が声をあげた。
「さっきから関係ない、関係ないって。違うだろ、こんなことになったのもあんたたちが来たせいじゃないのか!」
「たしかにそれは否定できません。彼らの真の狙いがこの村ではなく、私であるのは事実です。だからといって、その矛先を私たちに向けてくるのはお門違いではないでしょうか?」
「俺たちは巻き込まれただけだ、あんたたちの諍いに! それなのになんなんだよ!」
「やめんか、ミノック! 巫女さまのおっしゃるとおりだ。敵はダンダリアなのだ。巫女さまも一方的に付けねらわれている被害者にすぎないというのに、それを責めるなどもってのほかだ!」
俺たちがこの村に危険を呼んだ。それはやはり否定できない。
だからその責任をとるというわけではないが、なんとかしてやりたいと思った。しかし、それでは結局アリーシャの力を頼るということになるだろう。
俺だってアリーシャを危険になど晒したくはない。たとえ、この村が存亡の危機にあろうともだ。そんな俺がこの村を助けたいなんて偉そうなことをいえたものではなかった。
「私は残ります」
エリスが言った。
「あなたの仕事の範疇を超えていると思うけど?」
「ええ、その通りです。もちろん正義感からというわけでもありません。ただ、どうしても借りを返さねばならない相手ができましたので」
「ふぅん、そう」
「アリーシャ、俺は……」
俺はそのとき、何を言おうとしたのか。
「うわぁぁっ!」
突然、一人の男が奇声を上げて、アリーシャに向かって突進してきた。その手にはナイフが握られていた。
俺はとっさにアリーシャの前に出て庇おうとした。
だがその間に、さらに誰かが躍り出た。
男とその人影が交錯した。その衝撃の勢いでこちらの方に飛ばされてきたので俺は受け止めた。それは聖女だった。
「やったぞ、刺してやった!」
男が快哉を叫んだ。
「うぅ……っ」
聖女は胸を抑えてうめいた。
「聖女さま!?」
「……トモアくん、覚えてるかな? 愛してるって僕の国の言葉では、君のためなら死ねるって意味なんだよ……」
「そんな……っ!」
聖女は静かに目を閉じ、そして動かなくなった。
「聖女も刃に倒れるのか! 滑稽なものだな!」
「ヘリウス!? いったい、何を……?」
村長が困惑しながら問いただす。
「はははっ、もう遅い! 今さら逃げれるとおもっているのか滅びの巫女め!? すでに使いを出した。この村から数キロも離れてないクラマンス砦跡に同士たちの本隊はもう集まっているのさ!」
「お前、ダンダリア教徒だったのか? 何てことを」
他の村人からも非難の声が上がった。
「ダンダリア党だ! 間違えるな、我々は宗教などといういかがわしいものは信じていない。あるのは真実だけだ。賢者ダンダリアが我々に残した真実がな!」
「そんなことはどうだっていい! この村はどうなるんだ!?」
「じき戦いの場になる。そりゃ犠牲もでるさ。しかし悲しむことはない、これも全て貴き平和の礎になるためなのだからな!」
「勝手なことをいうな、ヘリウス!」
「俺が救ってやったんだよ! この世界をな!」
何を言っているんだ、こいつは。
「ふ、ふざけるなよっ」
俺は叫んでいた。世界を救うとかそんなのは勝手にしてくれ。
聖女の負傷を確認するためにマントをずらした。
「……あれ?」
傷一つない銀の鎧がそこにはあった。
「いつまで死んだふりして甘えてるのかしら。私の国の言葉ですって? ふんっ、こっちでもそうだっての」
「ア、アリーシャ?」
「そんなの着てたらナイフなんか通るわけないでしょ」
「あら残念、もう終わりですか」
聖女はおどけたようにそう言うと片目だけを開けて、してやったりと微笑んだ。
「そんな馬鹿な、たしかにこのナイフが深く刺さったはず……?」
男の手に持ったナイフの刀身がすっかり無くなっていた。アリーシャがやったのか?
「うわぁあ!?」
男は驚きのあまり声を上げながら、変わり果てたナイフを放り投げた。そして逃げだそうとするが地面に押し付けられるように転んで、そのまま気絶した。おそらくアリーシャがやったのだろう。
「身の程を知らぬにもほどがある、この男」
エリスが呆れたように呟いた。そういえば、あれだけ聖女を慕っていたエリスもまったく動揺していなかった。なるほど、死んだふりに気づかなかったのは俺だけか。
「で、どうします? アリーシャさん。もうすぐ敵がくるそうですけど?」
俺の胸に抱かれたまま、聖女は何事もなかったように会話を続けた。
「……まずその格好をどうにかしてください。なんともないのでしょう?」
なぜか俺も一緒に怒られているような気がしたので、すぐに立ち上がると、聖女の手を引いて起こした。
「そうですね。向こうからわざわざここに来るというのなら手間も省けたことですし、ここで返り討ちにすることにしましょうか」
「おお、巫女さま……!」
村長が感激の声を上げた。
「勘違いしないでくださいね、村長さん? 別にこの村のためではなく、我々の今後の憂いを絶つために避けては通れないものと判断しただけですから」
「うわぁ、ツンデレだ。……でもないか。それがアリーシャさんのまったくの本心ですよね、きっと」
「聖女さま、ツンデレって何でしょうか?」
聞きなれない言葉に、疑問で返すアリーシャ。
「アリーシャさん怖い。怖いので意味は教えません」
「アリーシャ、まさか最初から……」
「馬鹿ね、トモアを傷つけるような奴を私がそのままにして放っておくわけないでしょう? ちゃんとやり返してあげないとね」
「それ、先にエリスさんに言われちゃいましたね」
「うるさい、聖女さまうるさい」
「エリス……?」
俺は話がわからないままエリスの方を見た。しかし彼女はさっと顔をそらした。
「とんだニブ野郎ですね、トモアくんは」
意味はわからないが侮辱されたことだけはわかった。
「か、勘違いしないでいただきたい。私は私のために戦うのです。ええそうです、それだけですとも!」
「わぁ、ツンデレだ!」
聖女が先ほどの謎の言葉を繰り返した。
「しかし、人が悪いなアリーシャ。なんだってこんなもったいぶって」
「その理由も言ったと思うんだけど。それにトモアも悪いんだからね。勝手にほいほいと他の女に付いていっちゃって!」
「お、俺?」
ということは俺のせいでもあるのか、これ。
「そうよ、ちゃんと反省した?」
「ああ、うん。悪かったよ」
巻き込まれ運が悪すぎだな、この村。