第四話 巫女の盾 6 お説教
牢から出された俺には客室が用意されていた。たしか、この村にきた初日に休ませてもらったときと同じ部屋だった。
「それにしても、来るのが早かったな」
「ほとんどこの数日、馬に乗りっぱなしで来たからね」
「それは悪かった。ずいぶんと急がせてしまったな。でも正直、教会の奴らがあの調子なら手紙がアリーシャのもとに届かない可能性も考えてた」
「かなり揉めてたみたいだけどね。けど、結局は危険だということなら僕らを頼るしかないのですよ、彼らは」
「そういえば馬に乗れたんですね、聖女さま」
「自信満々で乗れるっていうから、いきなり落馬してびっくりしたわ」
「えへへ、頭では分かってても体がついていかなくて」
「最初のうちだけだからよかったものの、そのまま置いていこうかと思いましたけどね」
「それ冗談で言ってないよね」
アリーシャの顔を見ると、俺もそう思えた。
「……それで、エリスさんとおっしゃったかしら? これは一体どういうことか説明してもらえますか?」
アリーシャが怒るのも無理はなかった。敵の取引に応じて言われるがままに、二人を呼び寄せてしまったのだから。
「すまない。それは俺のせいなんだ。エリスはへまをした俺を守るために仕方なく……」
「それじゃない」
「え?」
アリーシャがピシャリと跳ね除けた。
「届いた手紙を見て僕たちはびっくりしたんだよ。トモアくんも一緒に行ってるなんて思いもしませんでしたから。今度こそはずっとトモアくんと離れず一緒に旅をしようと思ってたのになぁ。二人がイチャイチャするとこも見逃しちゃったし」
「……イチャイチャ?」
アリーシャの周囲の温度が下がった。
「な、なんです? そんなことしてませんから!」
「あれ、おかしいな? しまった! 出会いのタイミングを早めたせいで歴史が変わっちゃったの!? 僕が焦ってしまったばかりに……不覚」
何か手違いがあったらしい。聖女が頭を抱えて困っている。
「えっと、つまりどういうこと?」
よくわからないので誰か教えてほしい。
「私が、彼を無理に誘ったようなものです」
エリスがそれに答えた。
「あなたには、トモアに心配しないでしばらく宿で休んでいてほしいと、そう伝えるように頼んでいたはずなんだけど?」
「え、そうなのか?」
俺は驚いてエリスの方を見た。
「申し訳ありませんでした。彼のことがどうしても知りたかったのです。聖女様にふさわしい護衛なのかどうか」
「トモアは、聖女の盾ではなく私の盾なんですけど?」
「……失礼しました。他意はありません」
「とにかく次はない、ということでいいわね?」
「はい」
そうか俺はエリスに試されたのか。
「でもさ、どっちにしろ俺を連れていってくれるようにエリスに頼んでたと思うんだ。あのとき二人が心配でいてもたってもいられなくってたし」
「それで自分が怪我してたら世話ないわよ」
「うぐ、すまん」
「それは私が不覚をとったからです。彼は私を助けたために重症を負った」
「いや、俺が足を引っ張ったからだよ」
「私を庇う必要はない」
「重症……、私の盾を勝手に連れ出して負傷させるなんて万死に値する罪ではあるけれど、あなたが治療をしてくれたおかげでトモアが命をひろったということは理解しているつもりです」
「アリーシャ、いや、あのな」
「トモアが悪い!」
「そ、そうだな」
「僕の考えが甘かったのです。エリスさんなら、一人でも大抵のことなら大丈夫だと思っていました。でも、だからといって危険だとわかっていてあの場所へ送ったわけではないのです」
聖女が神妙な面持ちで語りはじめた。
「それは、ご期待に沿えず申し訳ありません……」
エリスが落ち込みながら謝罪した。
「いえ、そうじゃないんです。敵の動きがこんなにも早まるだなんて思わなかった。前回とはたしかに大きな違いが生まれていたというのに。それは予想できたはず、もっと慎重になるべきだった。アリーシャさんの生存です。今回は妖精の剣を持ったトモアくんと三人の騎士たちの加勢でなんとかぎりぎり間に合った。しかし、前回は……」
「あの、どういうことでしょう?」
エリスは話についていけず首を傾げていた。
「しまった。どうしても僕はあなたには気を許してしまう。この話は聞かなかったことにして他言無用でお願いします」
エリスは真剣な顔でうなずいた。
「トモアくん。……その痛かったよね、ごめんね」
一瞬、何のことかと思ったが、聖女の視線の先を見て理解した。
「ああ、この怪我ですか? なんだかよくわからないうちに気を失ったので大丈夫ですよ。次に目を覚ましたときには、エリスに魔法? で治療してもらったあとでしたし」
傷跡をさすりながら俺は答えた。腹だけでなく服の穴もふさがっていた。これをしてくれたのもエリスだ。
「とにかく、聖女さまを責めても仕方がないわ。こうなったのは私たちのすべての責任。私たちは離れてはいけなかった。トモアもこれでわかったでしょ?」
「ああ、悪かった」
俺は素直にあやまった。
「うん。それじゃあ、そろそろ村長さんのところへ話をつけにいくとしますか。あ、トモアはそのまま休んでていいからね」
言いながら席を立ち、部屋を出ようとするアリーシャ。
「いや、俺も行くよ」
「ん、そう?」
立ち上がるとき少し足がふらついたが、もう胸に痛みはなかった。