第四話 巫女の盾 4 仮面の男
村長の許可がおりたので、さっそく現地へ向かおうとするエリス。彼女をなんとか説得して、その日は休んで疲れを取った。
その翌日、俺たちは村の北にある森の中を進んでいた。道らしい道はない。
村長から受け取った地図に記された目印をたよりに、半日がかりで森を抜けた。
そして、ようやくたどり着いた場所。古い隠し砦の廃墟跡、ゾモラ遺跡。ここが今回の旅の目的地だ。より正確にいえば、この砦跡に眠るというある何かなのだが。
かつてあったらしい建物は、そのほとんどが朽ち果てていたが、ところどころわずかにその面影を留めていた。おかげでなんとか玉座らしき場所を見つけることができた。
玉座の裏。地図に書かれている場所を調べるが、とくに何も残っていない。
「ここでいいのか?」
「ああ。書かれていることが正しければな」
地図には、玉座の後ろで道を開く呪文を唱えろ、とある。
その呪文の名は、ディ・オーラム。
「では、お願いする。盾殿?」
「え、俺がやるの?」
「当然だ。君が巫女の名代だろうに」
「わかった。ディ・オーラム」
呪文の意味はまったくわからないが、短く覚えやすいので助かった。
「……んん?」
しかし、何もおこらなかった。
「ふむ。ディ・オーラム」
エリスが代わりに呪文を唱えた。
すると、音を立てて床が動きはじめた。そして、その場所に地下へおりる階段が現れた。
「あれ、俺なんか間違ってた?」
「いや、そうではない。が、残念ながら君には魔法の才能はないようだ」
「魔法?」
「魔法のことはまだ聞かされていなかったのか? 困ったな、今のは聞かなかったことにしてくれないか?」
「いや、知ってはいるぞ。なんせ、身をもって体験したからな。たしかに詳しくは知らないけど」
「そうか、シルビアか。彼女なら使えてもおかしくない」
というか、そのシルビアからしか魔法のことを聞いてないな。あのときはそれどころじゃなかったし。
「エリスも魔法を使えるのか?」
「さぁ、どうかな」
残念、ごまかされてしまった。
階段を下りると、その先には長い通路が奥まで続いていた。不思議なことに視界が暗闇に閉ざされるということはなかった。あの封印があった部屋と同じように床や石壁が発光していたからだ。
「これはいったい?」
エリスは不思議がっていた。彼女は封印のある場所に行ったことがないのだろうか?
通路の突き当たりまで進むと、大きな扉が現れた。とくに仕掛けなどはなく扉は簡単に開いた。そして、中に入った俺は目を疑った。
そこに現れたのは、まるで宮殿のなかに迷い込んだのかと錯覚するほどに壁も床も美しく装飾された大広間だった。
白く輝く床に細やかな意匠が施された石壁。中二階があり、一階の正面奥は大きな赤いカーテンで覆われている。そして、二階部分の中央には、ひときわ目を引く巨大な肖像画が掲げられていた。
「こりゃあ、すげぇな」
圧倒された俺は、思わず感嘆の声をこぼす。
「……なんというものを私に見せるのか!」
「おい、どうした?」
エリスのようすがおかしい。
「これはもちろんただの絵などではない。封印だ、封印そのものだ! 大陸各地に点在しているような魔界の扉の封印なんかじゃないんだ」
「そんなにやばいのか?」
「魔界への扉など、しょせん現象にすぎない。しかし、これは違う。直接、魔を封じている。それはいつ中から封印が破られてもおかしくないものなんだ。翼の生えた青い馬に乗り、巨大な輝く盾と鎌を持った悪魔の騎士。間違いない。魔の諸侯の一つ、ベルセリウス。それを封じている! これがどういうことか、諸侯は魔界に帰ってなどいなかったということだ! こんなものがまだ地上に残っていたなんて!」
そのまま絵画の方に駆け出そうとするエリスを止める。
「待て、エリス! それ以上進むな」
奥に誰かいるのが見えたからだ。
正面の大きな赤いカーテンが揺れて、そこから一人の男が現れた。目元を仮面で隠した男。そして、それを合図にぞろぞろと、十数人の白装束の男たちが部屋の影から出てきた。
「どうだい、さすがの禍々しさだろう?」
「……何者だ?」
落ち着きを取り戻したエリスが、奥にいる仮面の男に問いかける。
「ダンダリア党、ピレーと申します」
仮面の男は素直に名乗った。
「ダンダリア党? じゃあ、お前らはシルビアの仲間か?」
「あなたは?」
「巫女の盾、トモアだ」
「ほう、あなたが。たしかにシルビアは我らの同志だ。そのせつはお世話になったそうで」
「なぜ、私たちがここに来るのを知っていた」
「いえいえ、我々も驚いているのだよ。偶然、めぐり合わせというやつかな。仕組んだものがいたとすれば別だがね」
ふと聖女のことが頭に浮かんだ。ここへ俺たちをよこしたのは彼女だ。
「君は人が斬れるか?」
エリスが俺の覚悟を問うた。
「わからない。が、俺も死にたくはない。それは後で考える」
「それはいい考えだ。それと、私のことは心配無用だ。家柄とこんな体のせいでよく誤解されるが、私は実力で騎士になったのだから」
こっちは子供のころからアリーシャを見ている身だ。むしろ彼女のその見た目に似合わぬ不釣合いな立場に、より強者の印象を感じさせていた。
「ああ、だと思った。頼りにしてるぜ、教会騎士どの」
「……それは本当ですか?」
「え?」
「いや、なんでもない」
何か言いたそうだったエリスだが、それをごまかすように剣を抜いた。それに続いて俺も剣を抜いた。二人の戦闘準備は完了した。
「ん、なんだ?」
ところが、いまにも襲い掛かってきそうだった白装束たちが、なぜか構えを解くと少し距離をとった。
それとは逆に、隊長格の仮面の男がこちらに近づいてくる。彼はそのまま広間の中央まで進み、そこで立ち止まった。
「一つ気になることがあってね」
気軽な口調で俺たちに話しかけてきた。
「なに?」
「先日、同士シルビアを回収させてもらったのだが、彼女ほどの手練れがとてもひどい有様だった。そこで、盾どのに私と一つ手合わせを願いたいのだ」
そういうと男は、腰にさげた剣をちらりとこちらに向けた。
「俺と? なんだ、仲間の仇でもとりたいってのか?」
「いや、そういうんじゃない。で、受けてもらえるのかな?」
「かまわないが、一つこちらからも提案がある。俺がお前をやったら、そのときはこいつらも大人しくさせろ。一騎打ちとはそういうものだろ?」
「いいだろう」
仮面の男は承諾した。
「トモアどの」
エリスがどこか諌めるような感じで声をかけてきた。
「悪いけど、ここで引くわけにはいかない。奴らはアリーシャの敵だ。一応、俺も巫女の盾だからな。なりたてのうえに何の実績もないけれど、それでもだ」
「……焦ることはないんだぞ」
焦っているのか、俺は? 自分では気づいてないが見透かされたのだろうか。だが今、迷いは危険だ。敵に集中する。
「もし俺がやられたら、そのときは気にせず君は好きなだけ暴れてくれ。向こうにはああ言ったけど、こっちはそんな約束してないからな」
「ふっ、これは一本とられたな」
俺の軽口を、仮面の男ピレーは余裕で流し、腰の剣を抜いた。
シルビアのときのような失敗はしない。最初から全力でやりにいく。
一息で二撃、そして三撃。連続で剣を重ねるように振り下ろす。
「迷いのない良い剣筋だ。まだ若いのにたいしたものだ」
それをことごとく対応された。まるで余裕だ。まったく嫌になる。
「お前の体を真っ二つにしてやるつもりだったんだがな」
「可能だったと思うよ、私が無抵抗であったならね。では今度はこちらから」
ピレーの一撃は速くそして重かった。それをなんとか、剣の性能をたよりに打ち払う。
「やるじゃないか」
強い。あのとき俺が手も足も出なかった女騎士シルビアと同じか、それ以上かもしれない。格好つけて一騎打ちを受けてはみたもののどうしたものだろうか。
「たしかに速い。が、軽いな」
そう言うと、ピレーは剣を鞘に収めた。
「……どういうことだ?」
「用は済んだ、ということだ。君たちの相手は彼らがしてくれる。存分に楽しんでくれたまえ」
白装束たちがいっせいに剣を抜いた。
そして乱戦になった。四方から振り下ろされる凶器の渦。一瞬にして頭が真っ白になった。技も何もない、速さをだけをたよりに剣を振り回す。俺は気づかないままに人を斬っていた。血が舞った。腕がとんだ。幸運なことにどれも自分のではなかった。
「落ち着け、トモア! 大丈夫だ。君は戦えている!」
「……エリス?」
もちろん、エリスも無事だった。かすり傷もなく服に汚れさえない。よく見れば、ほとんどの敵をひきつけて戦っていた。さすがは教会騎士。その名は伊達じゃない。
エリスの周りからはじかれた敵の一人が俺に襲い掛かってきた。剣を打ち払い、返す刀でけさ切りにした。今度こそ、俺は自覚したまま人を斬った。そいつはおびただしい量の血を流して床に倒れたまま動かない。おそろく死んだ。だが、とくに何も感じなかった。
「後ろは任せろ!」
「ああ、頼んだ!」
俺の言葉に、エリスが答えた。敵はまだ10人以上残っていたが、エリスと一緒に戦えばなんとかなる気がしていた。
「な!? キサマ、まさか!?」
エリスがとつぜん驚愕の声をあげた。彼女の視線の先には仮面の男がいた。彼は二階に上がり、絵画の前に立っていた。仮面の男は手を伸ばして封印の絵画に接触した。仮面の男は苦しげな声を上げて呻いた。
「やめろぉっ!」
エリスが叫んだ。
「エリスッ!」
エリスは仮面の男に気を取られていた。その隙をついて敵が襲い掛かる。彼女は気づかない。俺はその間に無理やり体を入れた。そして、俺の体をまっすぐに剣が貫いた。
「ぐっ……ガフっ!」
「なっ、トモア!?」
胸にあいた穴から血があふれだす。口からも血がこぼれた。力がしぼむように失われていき、俺は足から崩れ落ちた。
「これでは役に立ったとは、言えないな……」
庇って負傷。そういえば聞こえはいいが、敵に囲まれたこの状況では致命的だ。
「黙ってっ!」
言われるまでもなく、俺はもう一言も話せる力は残っていなかった。
「大丈夫だ。君をこんなところで死なせはしない」
俺の胸の傷口に、エリスの手が当てられた。その手は光を放っていた。すると、流れる血が止まり、痛みがましになった気がした。
「まさか、癒しの魔法だと?」
おお、と感嘆のどよめきが起こった。
「君のほうこそ、巫女と呼ぶにふさわしいではないか!」
周りにいた誰かが言った。そして、めいめいに剣を下ろし、収めはじめた。エリスにそろって礼を捧げはじめる白装束たち。彼らの目に、一切の嘲笑はない。
異様な光景だった。殺しあっている最中の相手に、心から敬意を表している。死んだ仲間が床に倒れ、立っている者も身体のあちこちから血を流しているというのに。
その理由は、エリスの魔法に巫女を見たから、だそうだ。
彼らが、ただの殺人集団ではないことを、ここにきて俺はようやく理解できた。彼らも、彼らの流儀で巫女を崇める、異常な信奉者たちなのだ。
エリスは、それら全てを無視して、俺の傷口を抑えつづけていた。敵すらひれ伏す、癒しの魔法。その力で俺の治療をしているのだろうか?
「気が変わった」
いつのまにか仮面の男が戻ってきていた。
「……敵の情けなどいらない」
「それは立派な志だと思うが、いいのかね。せっかく助けようとしている盾殿も巻き込むことになるぞ?」
エリスは答えを返せなかった。
「いま巫女はどこに?」
「……王都におられる」
「巫女をここに呼べ。そうだな、王都から十日もあれば十分だろう。それまで待つ。取引というやつだ。別に悪い話ではないぞ、元々、我々は君たちがここにくるまでもなく、ここに巫女を呼びよせるつもりだったのだ。近くの村を襲ってね」
「外道が」
「ものごとを成すために犠牲はつきものだ。で、どうだね? 村は襲われずに済む。巫女は我らを打つためにここへ現れる。君たちにとって何の問題もないとは思わないか?」
「……わかった」
エリスは承諾した。取引に納得したわけではないだろう。だが、他に選択肢がなかった。