第四話 巫女の盾 2 騎士の少女
結局、結論がでるまで聖女とアリーシャは大聖堂に留まることになった。
その間、俺には王都にある宿に部屋が用意されていた。そこで次の指示があるまで待つことになった。
しかし、それから数日が過ぎてもまったく連絡がなかった。
一度、話を聞こうと大聖堂の前まで行ったが何も得るものはなく、門番に追い返されてしまった。
宿屋の主人に尋ねてみた。
「ご主人、ちょっといいかな? 少し聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
カウンターの向こうで返事をしたのは恰幅のよい初老の男だ。
「俺の宿代は教会持ちになってるはずなんだが、何日分なんだ?」
「お客さんが部屋を引き払ったあとに報告してまとめてもらう手はずになっとります」
それは俺次第ってことか?
「そうか、ありがとう」
これはもしかすると、待ちくたびれて帰るまでほったらかしされているのかもしれない。
まいったな、このあとどうすればいいのか俺は聞いていない。こちらからたずねようにも大聖堂の前には門番が立ちふさがり、大人しく待ってろと繰り返されるだけ。
これはもう門番を強行突破するしかないか? なんて危険な考えまで浮かぶようになっていた俺に、一人の来客が現れた。
「巫女の盾、トモアどので間違いないな?」
「そうだけど。あんたは?」
「私の名はエリス。教会騎士だ」
教会騎士。しかもまた女だった。
と、いってもずいぶんと若い。俺よりいくつか下だろう。小柄な体に鎧をつけた金髪の少女だ。
これは相当の実力があるか、もしくは家柄が良いかだ。
教会騎士には世襲制もあるというし、貴族の子息が箔付けで入るというのも聞いたことがある。
こっぴどく裏切られた直後なので、俺はとうぜん警戒した。
「シルビアの件もある。疑うのも無理はない。そう思って聖女さまはこれを私に託された」
女騎士エリスがバッグから何かを取り出そうとしたところで動きが止まった。
「その、君は字が読めるか?」
「ああ大丈夫。叔父から習った」
女を口説くのに手紙が必要だという理由でだ。
俺の答えを聞くと、あらためて俺に差し出してきた。それは封蝋がされた羊皮紙だった。
「聖女さまからお預かりした直筆の手紙だ」
えーと、何々?
──この人は信じていい人です。聖女より。
そう書いてある。これが聖女の直筆かの判断は俺につかない。聖女の字を見たことがないからだ。しかし、これはまるで字を習いたての子供が書いたような。だが、彼女らしいといえばらしいといえた。
「キサマ、聖女さまに対して失礼なことを思わなかったか?」
「え、いや思ってないです!」
聖女に対する信仰が厚いのだろうか。思わず敬語になってしまうほど怖かった。とにかく、聖女さまが大丈夫だっていうのなら信用していいだろう。
「えっと、それで用件は?」
エリスは一度深く息を吐いてから話しはじめた。
「今から話すことは、教皇庁からの正式な依頼というわけではない。だが、聖女さま直々のお達しである」
お、おう。なかなかに仰々しいな。教皇庁っていうと教会の中のえらいさんたちか。
「大聖堂でも聞いていたと思うが、聖女さまと巫女をよく思わない連中がいる」
「ダンダリア党だったか?」
「ああそうだ。しかし、敵は外だけではない。内側にも存在しているのだ」
「内側に? それじゃあ、教会の中にもアリーシャを殺そうとしてるやつらがいるってことなのか?」
この平和な時代に巫女を襲う敵なんていないだろ、なんていってた昔の俺が懐かしい。
「いや、さすがにそこまで危険な思想ではないが、巫女のことをやっかいな問題を抱えた疎ましい存在だと考えている者もいるということだ。もちろん君も例外ではない」
巫女のアリーシャや聖女でさえ邪魔だと考えているなら、ぽっとでのほぼ部外者の俺はなおさらだろう。
「それで俺はここでほったらかしにされてるわけか」
「聖女さまと巫女も大聖堂の中で同じ状況にある。身の安全を優先するといえば聞こえはいいが、何もせず事なかれ主義のさいたるもの。生さず殺さず、このままでは幽閉されているのと同じだ」
「封印するとかって話がまだ続いてたのか?」
「今は大丈夫だが、いずれまたそれを言い出す輩が出てこないならないともかぎらん」
「しかし、大聖堂から自由に出れないなら今もたいして変わらないな」
アリーシャまで動けないとなると、むしろ悪くなっているとさえいえる。
「そこで聖女さまは私を見出した。そして道を示された。我々は指示された場所へ向かい、そこにあるものを確認して見たままに報告する。そして、教皇庁の者どもに知らしめなければならない。安穏としていられるときは過ぎた。もう遅いのだと、我らには聖女さまのお力が必要なのだということを」
そこに教会のえらい人の考えを変えるほどのものがあるということか。
「わざわざ敵を起こしに行くわけじゃないだろうな?」
「起こす必要も倒す必要もない。勘違いしているようだが、私は別に君についてきてもらいたいわけではないぞ? 聖女さまは君の安全が第一だと仰られた。まだ未熟で、お荷物だといわんばかりにな」
ああ、その通りだろうよ。
「ならば、私だけで行った方が合理的だと思わないか?」
「俺を連れて行ってくれ、頼む」
俺はすぐさま立ち上がり、一も二もなく頭を下げた。俺だって無駄な時間を過ごすためにこんなところまで旅をしてきたわけじゃない。
「そ、そこまでしろとは言ってない! ついてきたいならついてくればいいだろうっ」
「お、おお。ありがとう」
こいつ、ひょっとしていいやつなのかもしれない。