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第四話 巫女の盾 1 王都

 セルビエスを旅立ってから八日目。俺たちはようやく王都にたどり着いた。


 揃えるように一色に統一された青い屋根瓦。真っ白な漆喰で塗りかためられた建物が立ち並ぶ街の風景。これが世に聞こえる白の都。


 そして一際目をひく巨大な建造物。王都の外れからでも見えていたほど大きな城。天高くそびえる城壁からのぞく主塔。


 あの中に王様とかいるんだよな。すごいな、現実離れしていて、とても信じられない。なんだかここにきて唐突に旅をしているという実感がわいてきていた。


 しかし、俺たちは観光できたわけではない。巫女アリーシャの、大事な最期の試練が待ち構えているのだ。まずはその試練が待ち受けるという場所へと向かおう。


「あれがそうか?」

「ええ、あれがそうよ」


 どうやら、迷う心配はなさそうだ。


「これが、アノール大聖堂……」


 さすがその名の通り、すごくでかい。王城と同じくらい目立っていた。


 四方に尖塔。数え切れないほどの窓。人や動物の彫刻で装飾がほどされた白い外壁。教会というよりも、これではまるで豪華な宮殿だ。


「何百年も前に作られたんだよな、これ」

「何度か改築されて、そのたびに建物が付け加えられたそうだけどね」


 俺の独り言のようなつぶやきに、アリーシャが答えた。


「へぇ、そうなのか。いわれてみれば、いくつかの建物がくっついてできてるようにも見えるな」


 さらに近づいてみて分かったが、大聖堂の入り口は少し高台にあった。通りから、そこへ行くための階段が続いている。その手前に僧侶の門番が両脇にいた。


「なんだか威圧的というか、入りづらくないか?」


「そもそも一般には開放されていないわ。ここに入れるのは教会の関係者だけ。王侯貴族だって許可なしには入れないくらいだもの」


「え、じゃあ普通の人はどうしてるんだ?」

「一般人用の教会は別にあるの」


「なんだそれ」


 やっぱり、教会というよりも見たまんま宮殿じゃないか。


 立っている門番に、巫女一行が来たことを告げる。少し待たされたあと、大聖堂の中に伝えに行っていた門番が戻ってきて、俺達に大聖堂の中へ入る許可が出た。


 門番のよこを抜けて階段を上る。すごく長いというわけではない、だいたい百段くらいだ。とはいえ何度も来たいとは思えないくらいにはあった。


 上り終えると大聖堂はもう俺たちの目の前にあった。正面に立つと、あらためてその荘厳さに圧倒される。息を整えるのと緊張をほぐすために、一度深呼吸した。


「……じゃあ入るか?」

「ええ、行きましょう」


 その外観のわりには、思いのほか飾り気のない黒い鉄扉を開く。


 大聖堂の中はドーム型になっていた。床も壁も、細工や装飾がなされていないところがないし、色とりどりのガラスを散りばめた窓で覆われていた。 


 実際に見たことはないが、宮殿の中というのはこんな感じなのではないかと思えるくらいには豪華だった。


 そんな場所に、僧侶たちがずらりと並んで待ちかまえていた。みんな立派な服装をしている。この全員がそれなりに地位のある者たちなのだろう。


 その中心に見覚えのある僧侶がいた。セルビエスに来ていた、あの司祭だ。


「巫女アリ-シャ、参上いたしました」


「ようこそ大聖堂へ、今代の巫女どの。長旅、ご苦労様でした。おっと、これは失礼。あらためて紹介をさせていただきます。私の名はベイリン、司教の一人。ならびに、オルレーヌ教皇猊下の名代をつとめさせていただきます。猊下はこの度の大儀で消耗されておりますので。ご了承を」


 この人は司教だったのか。思ってたよりえらい人だったみたいだ。


「ええ、もうお気を楽にしてくださってけっこう。あなたさまは第一の試練を、見事お勤めになられたのですから」


 しかし、セルビエスのときとはえらく雰囲気が違うな。


「では、ここからは私の判断で旅を続けるということでよろしいでしょうか?」


「そのことなんですが、巫女殿には、このまま大聖堂に留まっていただいて聖務に励んでいただくのがよろしいかと」


「……はい?」


 司教の提案が予想外だったのだろう。かしこまっていたアリーシャの素がわずかに出ていた。


「お、お待ちください、ベイリン大司教……っ」

「王都への旅の途中、ダンダリア党の襲撃を受けたのだとか?」


「ええ、それは──」


「ダンダリア党には我々も頭を痛めています。数十年前の巫女の事件、あれは大変痛ましいものでした。我々も大変な苦労を強いられることになりました」


 数十年の前の巫女? たしかエスタリスの出身とかアリーシャが言っていた。


「彼らが巫女の出現を知れば、また動き出すことは想定されていました。なぜ、巫女をしつように狙うのかまったく理解にくるしみますが、彼らは巫女を手にかけるまで満足しません。しかし、教会の代名詞である救世の巫女がそう何度も殺されてしまうようなことがあれば威信にかかわる問題になるのです。前回のようにうまく隠し通せることはかぎりません。正直、巫女の出現は我々にとっても試練なのです。いえいえ、もちろん喜ばしいことには違いありませんよ」


 前の巫女に何かが起こった。そして、それを教会は隠した。それが彼女の存在が世間に知られていない理由なのだろうか。


「ご心配はわかりましたが、それでは役目を果たすことができません」


「いさましいことでけっこうですが、もしものときに責任をとれるのですかな?」

「すでに巫女殿の命は、あなただけのものではなくなってるのですよ」


 脇に並んでいた僧侶たちが発言をはじめた。そして、それは次々に連鎖する。


「しかし、しきたりでは」

「放置した場合、堕天する可能性がある」

「過去の例でいえば、それは巫女が死亡した場合」

「巫女が生存のまま、聖女が封印されれば堕天の可能性は」

「聖女は天の御使である。感情など存在しない、そんなことで堕天など」


 めいめいに揉めはじめる僧侶たち。


「みなさま、どうかご静粛に」


 それを一言で収める、ベイリン司教。


「巫女の復活に魔族の影を感じて不安を覚える人々がいるのも、また否定できない事実。その中には過激な行動をとる者も現れるやもしれません。で、ありますからここは更なる安全を考えて、聖女様はこの大聖堂の奥に封印されてはいかがでしょうか?」


「……封印?」


 やっべ、思わず声に出てしまった。俺を添え物のように無視していた司教がこちらを向いた。


「そのほうがよろしいかと。ああ、ご安心を。聖女様に人間的な感情などはありません。ただ静かに過ごしていただくことになるでしょう」


「いえ、いえいえいえいえ!」


 それまで黙っていた聖女が急に話しはじめた。


「僕、めっちゃ感情ありますし」


 驚きに場がどよめいた。僧侶たちは聖女が言葉を話すことすら意外だったのだろう。


「疲れたら心労とかも普通にありますし。僕だって怒るときは怒ります。いや、だからって別に暴れたりとかはないですよ。品行方正ですから。なんたって聖女ですし」


 そして、静まり返った場内。


「大道廃れて仁義有り、智慧出でて大偽有り、国家混乱して忠臣有り」


 聖女の口から、そんな詩のような言葉がでてきた。


 ん? と、首をかしげる俺を置いてきぼりにして、聖女の発言に、場内の空気がピンと張り詰めていく。残念ながら、その意味が俺にはまったく理解できなかった。ただ、彼らの意見に物申したということだけはわかった。


「我らの信仰をお疑いになられるのか……っ!」 


 僧侶たちの中から、たまらず怒りの声があがった。どうや彼らにはちゃんと通じていたらしい。この反応を見るに察すると、否定的かつ相当な毒を含んだものだったようだ。


 アリ-シャにもわかったのだろうか? 修道院でがっつり教育を受けたらしいけど。気になって彼女の反応を見る。なにやら難しい顔をしていた。いや、あれはきっとわかってないな。


「いえいえ、とんでもない。融通無碍ですよ、融通無碍」


 一触即発の空気のなか、聖女はひょうひょうと答えた。ゆーずーむげって何? 


「つまりですね、愛だろ、愛。とまぁ、そういうわけです。あっ、子曰く、ですけど」


 つかみどころのない聖女の態度に、空気が弛緩する。怒りを覚えていた僧侶たちも毒気を抜かれてしまったようだ。


「一つ、よろしいですか?」


 なんともいえない雰囲気のなか、司教が口を開いた。


「はい、なんでしょう?」

「聖女さまのおっしゃる、子とはもしや」


「そりゃあ、あれですよ。私って聖女ですよ? そんなのが先生とかいっちゃう相手は、そりゃもうあれですよ」


「……おお」


 僧侶たちは感嘆の声をあげた。それはおそらく、彼らの信仰の対象である例のあれを想像してのことだろう。


 というか、あれ呼ばわりはいいのだろうか。


「トモアくんと…もとい、盾と巫女と聖女は一心同体。離れない方が良いと、私はこう言いたい」


 さきほどまでの緊張状態はなんだったのか、一斉にひれ伏す僧侶たち。


「ほらね、見たいものを見せてあげたんです」


 聖女が耳打ちしてきた。くすぐったい。

 やはり僧侶にはあれの威力は絶大。さすがだぜ、あれ。


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