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第三話 封印の森 8 生還祝い

 あの戦いのあと、女騎士の身柄は教会騎士たちに任せ、一足先に王都に向かっていた。


 そしていま俺たちは途上の旅籠にいた。なぜかまた三人部屋だった。


「というわけで、今後のことですけど」


 とりあえず一息ついたところで最初に口火を切ったのは聖女だ。


「まずはアリーシャさん、無事生存おめでとうございます」

「はい? ありがとうございます」


 唐突な祝福に、アリーシャは首を傾げながらも応えた。

 そんな彼女に聖女は衝撃的な事実を告げた。


「……本来なら私は、封印の洞窟であの女騎士に殺されていたということですか?」


「そうです。私が視た未来では、封印の修復が惜しくも間に合いませんでした。しかし、アリーシャさんはその宣言どおり、死んだあとも封印の修復を続け崩壊を止めた」


「じゃあ、トモアは助かったのですか?」

「うん、なんとかね。ついでに私も」

「ならいいけど」


 いや、全然よくないよ。


「その未来視の中で見た、そのときの聖女さまは未来を知らなかったのですか? えーと、つまり待機してた三人の騎士が裏切っていないと知らなかった?」


 俺は一つ気になったことをたずねた。聖女は未来が変わった理由に騎士たちの加勢があったこと挙げた。ならば、それがなかったということになる。


「いえ、もちろん知ってましたよ。本来の僕には、現在も過去も未来もないからね。要するに黙って見ていた、見殺しにしたということです。あの隊長の言うとおりだったってことだよ、昔の僕は。というより前回の私というところかな」


 シルビアが見た聖女、感情の無い人形。それは今の聖女からは想像もつかないものだ。前回の私と評した聖女。そして、今の聖女。彼女の中で何があったのだろうか。


「聖女さまが、今の聖女さまで本当に助かりましたよ」

「トモアくんがそう言ってくれるなら僕も救われます」


 ああそうだ。あともう少しで死ぬところだった。いや今回だけじゃない。俺はもう、いつ死んでもおかしくない世界にいるんだ。それを理解しておかなければならない。


 だったら今すぐにでも、手遅れになる前にアリーシャに伝えないといけないことが俺にはあるはずだ。


「アリーシャ、君にずっと言えなかったことがあるんだ」

「え、何? どうしたの急にそんな」


「すまない、あのとき俺は君を守ると言ったのに無力で何もできなかった。父のこともそうだ。勝手に期待して勝手に恨んで、だのに俺は」


「トモア……」


「ひどいことを言うかもしれないが、アリーシャが巫女になってくれて今は良かったと思っているんだ。またアリーシャと一緒にいれる機会をくれて感謝さえしている。醜いだろうが、これが俺の偽らざる本心だ」


「何を言ってるのよ、トモア。トモアはずっと私を守ってくれているじゃない。だから今も一緒に……でも、あれ? ちょっと待ってトモア。もしかして、お父様から聞いていないの? 私がなぜ巫女になる決意をしたのか?」


 お父様って俺の親父か? いや、それよりも気になることが。


「巫女になる決意って、無理やり連れていかれて巫女にされたんじゃなかったのか?」

「そこから!? ……やっぱり。ごめん、ちょっとだけ恨むかも」


「そ、そうか」

「冗談よ。仕方がないか、子供の言うことだからと本気では信じてもらえなかったのね」


「アリーシャ……?」


 なにか行き違いがあったのだろうか。しかもそれに親父が関係している?


「トモア、いい? よく聞いて。あの日、トモアのお父様はこう仰ったわ。トモアとずっと一緒にいたいと思うのなら、なおさら巫女になるべきだ。ってね」


「ど、どういうことだ?」


「トモアのお父様が教えてくれたのよ。巫女にならずに大人になったら知らない人と勝手に結婚させられるって、だから私は。もう私のお父様とも話はついているわ、巫女になるんだからトモアと結婚させてって!」


「け、結婚!? じゃあ、アリーシャが巫女になったのは……」


「私が自分で選んだのよ。トモアと結婚して、ずっといつまでも一緒にいられるために」


「アリーシャはそれでいいのか、本当に俺で?」

「何を当たり前のことを! トモア以外に誰がいるっていうのよ」


「アリーシャさん、たいへん申し上げにくいのですが」


 興奮気味のアリーシャに狼狽する俺。そこへ落ち着いた聖女の声が割入った。


「何か?」


 なぜか聖女に勝ち誇る感じで答えるアリ-シャ。


「結婚とかはちょっと、今はなしで」


「はあ!? ──いえ、待ってください。聖女さまとはいえ、なんの権利があってそんなことを!?」


「落ち着いて聞いてください。勘違いしないでほしいのですが、僕は別にトモアくんとアリーシャさんの結婚に反対しているわけでありません。それ自体は喜ばしいことです」 


「ではなぜ!?」

「だって、できちゃうでしょ? 赤ちゃん」


「あ、あかちゃん!?」

「僕たちはこれから使命をもって長い冒険の旅に出るわけですから」


「な、なるほど。聖女さまのご懸念は理解できました。わかりました、すぐにそういうことを許したりはしません。それなら問題ないでしょう」


 え?


「いいえ、だめです。若い二人のことですもの、夫婦なんて関係になったらそういうことも歯止めが効かないのです。きっとそのうち、私が横にいても隙あらば……」


「そんなに私が信用できないと?」


「あなたが大丈夫でも、トモアくんはどうですかねぇ……? 急ぐことはありません。長い間、離れ離れだったのですから。ゆっくりと失われた二人の時間を取り戻せばいい。そう、夫婦になる前だからできる大事な経験だってあるでしょうから」


「婚約期間を置く、ということですか? それならもう十分だと思います」


「トモアくんは知らなかったようですけど」


「うぐっ」


 アリーシャは痛いところを突かれようで変な声でうめいた。


「まぁそのなんだ、おいおいとな」


「トモアがそういうなら今はそれで我慢する。トモアの気持ちもちゃんと伝わったから」


 え、どう伝わった? 情けないことに動揺してまともな返答の一つもできなかったんだが。なのに、アリーシャはなんだか機嫌良さげだった。


「そうだよ、一緒にいたいという二人の思い。それこそが何よりも尊いのです」


 アリーシャと一緒にいたい。たしかに俺はそう言った。その気持ちは嘘ではないけれど。


「それじゃあ僕も、この流れにのって昔話の一つでもしてみようかな」


「聖女さまの昔話ですか?」


 実に興味深い。


「そしてこれは君の、トモアくんの未来の話でもあるんだ」

「トモアの未来が、聖女さまの過去……?」


「どこから始めようかな? そうですね、では分岐点からにしましょうか。アリーシャさんが亡くなったあと、トモアくんがどうなったか」


 アリーシャが死んだ場合の未来。今の俺には想像もできない。


「トモアくんは当然、アリーシャさんの仇である女騎士シルビアのあとを追います。どこにいけばいいのか。彼女のことで知っているのはダンダリア党という謎だらけの組織の一員であること、そして教会騎士であるということのみ。なので、まず大聖堂に向かいます。そこでトモアくんは、シルビアの裏切りが既にばれて行方不明であること知り、途方に暮れる。さらに、トモアくんと僕はここで一度離れ離れになります」


「離れ離れ?」


「うん。巫女を失って危険視された僕はそのまま大聖堂に幽閉。でもね、再会はこれがまた感動の名シーンなんだ! ……ん、こほん。その後、トモアくんは仇を求めて復讐の旅を続けることになります。ダンダリア党絶対殺すマンから、やがて魔王軍と戦う英雄に。大聖堂に封印された僕を助けに来るトモアくん。束になって襲いかかってくる教会騎士たちを、7本の剣を自在に操り、トモアくんはものともせずに突き進んでいく」


 俺はイカにでもなったのか。


「そこから、僕とトモアくんはずっと一緒だった。はたから見れば勝利と栄光に満ちた英雄譚。その実は絶望しかない。その最期は、誰にも知られずたった一人。その傍らにはガラクタの人形だけ。何も話さない何も感じない空っぽの私」


「それが俺の未来。なんというか……」


 英雄になるというのも実感がわかないし、あんまりいい最期でもなさそうだ。


「おっと、ご心配なく。もうそんなことにはなりませんから、そのために大きく生まれ変わった僕がいるんだから。あなたの絶望はもうすでに終わったんです。今のトモアくんにとっては始まってもいないと感じるだろうけどね」


「あの、一つよろしいですか?」

「はい、なんでしょう?」


「トモアと一緒に旅をした未来。それを視たから感情が芽生えた。たしか以前に、そのことはお聞きました。しかし今、聖女さまが語られた未来の中で最期までトモアに寄り添った聖女さまにも、感情はあまり生まれていない?」


「ええ、そのとおりです」


「けれど、その、今の聖女さまは違う。この変化はいったい何がどうなって……」


 アリーシャの歯切れが悪いが言いたいことはわかった。


「たしかに、まだその時点では私は何も理解していない。はたして、最後に生まれた思い、それも感情と呼べるものなのかどうか。きっと、だからこそ僕は求めた」


 そして一度、聖女は深く目を閉じた。それは泣いているようにも見えた。目を開けるとすぐに聖女は笑顔にもどった。


「未来を視てトモアくんを知って、この世界に降り立ってあなたたちに出会うまでに、人間というものを、感情というものを理解するためにあることをしてきました」


「あること、ですか?」

「僕は一度、人間というものについて学ぶことにしたんだ」


「人を学ぶ……?」

「ええ、どう学んだかについては秘密です」


 聖女はそれ以上は語るつもりはないようだった。


「なぜ、急に話してくれる気になったのです?」


 少し前、未来のことを聖女に聞こうとした。だが、そのときはろくに教えてもらえなかった。未来のことを知りすぎるのは良くないからと。しかし、今の話はかなり端折ってはいたけれど、俺の最期まで含んでいた。


「話せなかったのは、以前も言ったけど、トモアくんの未来に余計な影響を与えないために。でも、まぁいいかなと」


 まぁいいかな!?


「僕の一番重要な仕事はもう済ませたから。アリーシャさん、君の生存のことですけどね」


「一番重要、そのわりに、あまり積極的ではなかったような気もするのですが?」


「それはアリーシャさんの気のせいかな。ともかく、まずは大聖堂そして教皇庁です。そこを乗り切って当面の自由を確保しなければ」


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