第三話 封印の森 7 分岐点
「た、隊長?」
「……入り口を守れといっておいたはずだぞ」
「しかし、聖女さまが?」
部屋の中を見回して確認すれば、何か必死なようすの巫女と倒れたまま動かない盾の俺。
「これはいったい、どういう状況です?」
「……」
あきらかに異変が起きているのは見れば分かる。
自分たちの隊長のようすがおかしいのは、部下たちも気づいたようだ。
「彼女は、ダンダリア党です」
沈黙する女騎士に変わって聖女が答えた。
「簡潔に説明します。騎士シルビアが裏切り、封印を崩壊させる仕掛けを作動させました。いまアリーシャさんが、いえ、巫女が封印の崩壊を防いでいます。なので彼女は動けません。あなたたちでなんとかしてください」
「了解しました」
その言葉を合図に、女騎士と三人の騎士たちの戦闘が始まった。
聖女はすでに勝利を確信しているのか、余裕の笑みを浮かべて騎士たちの戦いを見守っていた。だがそれはすぐに驚愕の表情に変わった。
三人の騎士たちは俺よりはよっぽどましに善戦したものの、ついには女騎士たった一人に討ちとられてしまったのだ。そして、俺と同じように彼らは麻痺攻撃を食らって床に転がされた。
「う、嘘? このときのトモアよりも彼らは強かったはずなのに。いや、妖精の剣を持った今回のトモアを圧倒したということは、彼女はぜんぜん本気を出していなかった……? いや、それでも三対一で十分だったはず。だってこの後、彼らは裏切りに気づいて取り押さえたって話でしょ? 結局、連行している途中に逃げられたそうだけども……まさか見栄を張って嘘をついてた!?」
聖女も相当に予想外だったようで、あきらかに混乱している。
「おやおや、あてが外れてずいぶんとお困りのようすだ」
「アリーシャさん、何とかできないの!?」
「できればとっくにやってる! 今はほんの少しでもこれから手を抜くわけにはいかないのよっ」
アリーシャは封印の修復で手がいっぱいだ。だからこそ俺たちがなんとかしなければならないのというのに。俺の体はいまだ麻痺してまったく動けない。
「時を見るというのは、いささか過言だったのか。もう終わりかい? 聖女様」
「いや、ちょ、まっ」
万策つきたのか、聖女は狼狽するだけになった。
「では、そろそろ終わりにさせてもらおうか」
女騎士がアリーシャの前に立った。
「言い残す言葉はあるかな? 巫女どの。いや、聞いておいてなんだが、私も死ぬことになるから伝えることもできないのだけれどね」
「……少し待って」
「悪いが、君の命乞いは聞けない」
「私はいい。トモアだけは助けて」
「うん? 君が死ねば、どちらにせよこの場にいる全員が死ぬことになるのだが」
「それは問題ないわ。私が死んでもこのまま封印の修復を続ける。たとえ死んでも、私はトモアを守るから」
「にわかには信じられないが、いま君が嘘をいう必要もないだろう。わかった。彼の命まではとらない。約束しよう」
「トモア、その子のことお願いね。私の形見だと思って大事にしてあげて……」
アリーシャはすでにあきらめてしまったというのか。
「ぐっ、うあ……!」
「トモアくん、動かないで!」
止める言葉さえ満足に発せられなかった。
このままではアリーシャが死ぬ、死んでしまう……ッ!
「……それでは」
女騎士が剣を振り上げた。
が、次の瞬間、彼女は見えない力で叩きつけられるように地面に倒れた。
「な、に……?」
自分の身に起きたことが理解できていないのだろう。茫然自失の女騎士。
「やれやれ、間に合ったわ」
アリーシャが立ち上がった。
そして、強く発光していた床の紋様が元のぼんやりとした明るさに戻っていく。
突然の状況の変化に、俺の頭もまるで理解が追いつかない。
「えっと、封印の修復が終わったということでいいのかな?」
聖女がアリーシャに確認する。
「ええ、滞りなく」
体の疲れをほぐすためか、背伸びをしながらそれに答えるアリーシャ。
「馬鹿な……! こんなに早くっ」
女騎士はさきほどまでの冷静さをあきらかに失っていた。それほどまでにアリ-シャによる封印の修復の完了が予想外の早さだったのだろう。
「ちぃっ、リ・ハルシャ・エレニマ!」
女騎士は再び呪文を唱えた。しかし今度は何も起こらなかった。
「な……ぜ?」
「無駄よ。書き換えておいたから、それはもう使えないわ。一から再構成するハメになったから骨が折れたけどね」
「馬鹿な、そんな……」
「少し、無駄口が多かったようね」
アリーシャが言い放った。
女騎士を拘束したままにして、俺たちはできる範囲で治療をおこなった。そして麻痺が取れるまで、その場に待機していた。その間、誰も言葉を発することはなかった。
数十分後、一番最初に麻痺攻撃を受けた俺が、いち早く復活した。さらにその数分後、三人の騎士たちもやられた順番に復活していった。
それから、話し合いというほどでもない簡単なやりとりのあと、女騎士の身柄は三人の騎士たちに任せるということに決まったところで、それは起こった。
「っ、きゃやああああああああッッッ!」
アリーシャの力によって動きを封じられていたはずの女騎士が、突然、絹を裂くような大きな悲鳴をあげた。
それは、さきほどの聖女が発した、どこか滑稽さをともなうようなものではなかった。
聞く者の精神を直接ゆさぶる凄惨さを帯びていた。
「あら? 案外、痛みに弱いみたいね」
「うぐっ、ふっ、うぅ……」
女騎士は、目に涙を一杯にためて嗚咽をこらえている。
「あなたは知ってた? 手足の一本や二本なくなっても、すぐ死にはしないんですってよ」
「アリーシャが、やったのか?」
その言葉には聞き覚えがあった。たしか森の中で遭遇した山賊が言っていた。
「また暴れられても困るでしょ? ……突然殺されそうになったんだから、これぐらいしてもバチはあたらないわ。そうですよね、女神さま?」
「僕もそれでいいと思うよ」
「ああ、よかった。女神のお墨付きをいただいてしまったわ」
山賊退治のとき、アリーシャはむしろ敵に寛容だった。この違いはなんだろうか。
余裕がなくなるほど追いつめられたから、それだけだろうか。
アリーシャは、うずくまる女騎士に近づくと、とても冷たい目で見下ろしながら言った。
「安心しなさい。ちゃんと治療してれば、そのうち元にもどるわよ」
別に、かわいそうだとは思わない。下手をすれば、こっちがもっとひどい目にあっていたからだ。事実、俺も明確な殺意があのときはあった。だが、これはあまりにも。そう考えてしまうのは、アリーシャが無事だったという安堵からくるものなのだろうか。
「良かったですね。あなたは紙一重で命をひろえた。行き過ぎた思いがあなたをひどく傷つけ、また、行き過ぎた思いがあなたを救った。間違いだらけのあなただったけど、最後の最後に正しい選択をしたのです」
聖女が女騎士に話しかけていた。その聖女の言葉はいま一つピンとこなかった。
だからこそ、そこに俺の疑問の答えがあるような気がした。
「行き過ぎた思いが救った? どういう意味です?」
「トモアくんが無事で良かった。ということですよ」
だめだ、さっぱりわからない。
「んー、わかりませんか? でも、これ以上の説明は彼女の許可が必要です」
聖女はアリーシャの方を見ながら言った。
すると、アリーシャは少し顔を赤くしながらそっぽを向いた。