第三話 封印の森 6 狂信
なんてこった。叔父の感があたっていたらしい。
「あんたたちは巫女を信仰していると聞いたぞ、なぜ巫女のアリーシャを狙う?」
「言い合うだけ無駄よ、トモア。この女は正気じゃないわ。封印をこのまま暴走させれば、この部屋に塵一つ残さないほどの破壊を生む。その修復を邪魔して私を殺すということは、それでも構わないということ。命を捨てるつもりでやっているのよ」
「巫女の力は大変な脅威だ。先日、お力をはからせていただいたところ、私ではとうてい敵いそうにないという判断にいたりました。しかし、これでもうあなたは動けない。封印の修復に全力をつくさねばならないのだから」
「そうか、あの山賊たちを仕向けたのはあなたね?」
「そのとおりです。あの少女の行動は予想外でしたが。しかしおかげで当初の計画と違って村への損害を抑えることができました」
「損害、あの亡者に村を襲わせるつもりだったというわけ?」
「何かあれば私たちが対処する予定でしたので、それほど深刻な犠牲を伴うものではありません。巫女殿をここへ連れてこれる理由ができればそれでよかったのですから」
「ふんっ、勝手なことを」
「では、お覚悟を」
女騎士は剣を抜いた。そして、ゆっくりとアリーシャのもとへ向かっていく。
それをさえぎるように、俺はアリーシャと女騎士の間に立った。
「俺の存在を忘れてもらっちゃ困るな」
不敵に微笑む女騎士。
「せいぜい時間を稼がせてもらおうか」
俺も剣を抜いた。手に感じる剣の軽さがこのときは少し心許なかった。
「時間を稼ぐ? 残念だが、それだけでは足りないと思うよ。その昔、初代巫女が一つの封印をほどこすのに三日三晩を要したとされる。であるならば、封印の崩壊を防ぎながらの修復にはどれくらいの時間がかかるだろうね」
「あ? じゃあ作戦変更だ。あんたをきっちり倒させてもらう。それでゆっくりと、アリーシャには頑張ってもらうことにする」
多少の時間を稼いだところで事態は好転しないというのなら。やるしかない。
「はははっ。では存分に足掻きたまえ、少年」
まいった。まさか教会騎士とやりあうことになるとは。
しかも、これが俺の初の実戦ということになるだろう。だが、胸を借りるなんてそんな生易しいことを言ってられる状況ではない。
こいつを倒さなければ、この場にいる全員死ぬことになる。
山賊との戦いではアリーシャに任せきりだった。一応、エドとも剣を交えた。それはたしかに命のやり取りであった。だが相手は子供のころから知っていた男だ。殺し合いとしての実感は薄かったと思う。
「どうした、こないのかな?」
無造作に立っているだけなのに隙がない。勝てる気がまったくしない。付け焼刃の対抗策すら何も思いつかない。
だが、ただ一つ俺が持っているもの。この妖精の剣。聖女がギフトだといった、この剣の速さ。それを使って、振って振って振り回すしかない。
とにかく、アリ-シャから女騎士を離さなければ。
剣を水平気味に大きくなぎ払って相手との距離を稼ぐ。
そのまま相手を追うように、二度三度と続けて剣を振るう。だが同時に引き際も意識する。
下手に食らいついて剣を絡め取られないように。それでよく叔父に転がされたからな。
「ほう、これはこれは」
とりあえず、一足飛びではアリーシャに届かせない程度の距離は離すことができた。
だが、俺の策がうまくいったとは思わない。
本命の巫女を確実に始末するために邪魔にならないところで早々に片付けてしまおうという女騎士の考えと一致しただけだろう。
なめやがって、上等だ。
「実は、君のことはあまり知らない。得ていた情報では、今代の巫女の盾はセルビエス領主の息子だと聞いていたからね。よく隠し通せたものだ」
「ああ、エドモンドね。あいつもいいやつだよ」
女騎士は話しかけてきた。最初は無視しようかと思った。
しかし、考えをかえた。時間を稼ぐのは無駄だと言われたが、そうでもない。その間に良い案が思いつくかもしれない。聖女やアリーシャが、万が一にも俺が。
「彼と巫女は子供のころからの知り合いだったそうじゃないか。そして成長した二人は生涯を共に助け合う盟友となる。なんとも夢のある話だ。後世で英雄物語として語りつがれていたかもしれない。だがそれを君が割り込んで邪魔をした」
エドだけではない。当時、他にも一緒にアリーシャと遊んでいた子供たちもいた。だが、あの儀式の日に彼らがそこへ来ていたかどうかもわからないくらい疎遠になってしまっていた。
俺だって叔父がセルビエスに帰ってきていなかったら、きっと儀式を見ることなく旅に出ていたことだろう。
「まぁしかし、気にすることはない。どちらにせよ、ここで私がその未来をつぶすことになっていたのだから」
「はっ、させるかよ!」
相手が本気なら一瞬でかたがついていただろう。完全に遊ばれている。こちらの攻撃を女騎士はよけているだけ。まるで稽古を受けている気分だ。
これで時間を稼げるのはいい。だからといって受身になってはいけない。そんな気持ちでいて、攻めに転じられたら防げるものも防げない。
いまの俺が出せる全て、この剣の軽さをもって手数で押す。
「なるほど、筋は悪くない。なかなかのものだ」
「へ、そりゃあどうも」
自分でも驚くほどの速さだった。以前の二倍は剣が出せていると思えた。それでも俺の攻撃は女騎士に届かない。そのことごとくを防がれた。
「しかし、これでは私を倒すことはできないな」
自分の中では隙をつき狙いをすましたはずの一撃を、女騎士は口を同時に動かしながら軽く打ち落とした。剣の軌道を逸らされて、俺はたたらを踏んでこらえた。
「そんな君も、巫女の過去に一度大きく関わったことある。巫女が幼いころ、その運命を受け入れられず逃げ出したことがあった。そのとき君は自分の家に連れて行き、彼女を匿おうとしたそうじゃないか?」
「……だからなんだ」
「だが翌日、君の両親はあっさりと巫女を引き渡した」
両親ならなんとかしてくれると信じていた。子供だったからこその勘違い。全ては俺の判断が間違っていたからおきた。それだけのことだ。
「子が子なら、親も親だ。親子二代で人の足をひっぱることしかできないなんて」
「……くッ!」
痛いところををつかれて力が入ってしまったのか。馬鹿正直に正面から切りかかってしまった。
その一撃は難なく受け止められた。女騎士と俺の剣が初めて交差した。そのまま予備動作もなく振り払われて俺の剣は大きく弾かれた。
「たしかに速い、だが軽いな」
「ぐぁ……ッ!」
女騎士の姿がひるがえったの見えた。その直後、剣を浮かされガラ空きだった体の正面に強い衝撃が襲った。後方へもんどりうちながら吹っ飛ばされた。
「師はいるのか? 君を鍛えるのはさぞかし楽しかったことだろうな。たった数度、剣を交えただけでも見果てない才を感じることができる。しかし残念だが、君はまだまだ未熟な少年にすぎない。私を殺すには遠い」
「う、ぐぅ……ッ」
まともに食らってしまった。蹴りが当たった腹は痛いし。倒れたときに床で強打したせいか、体がうまく動かない。
だが助かった。この一撃が剣によるものだったなら、今ごろ俺は真っ二つになっていただろう。
「君の剣には絶望的に恐怖が足りない。怖くないんだ。君の剣がどれだけ速く私の体のすぐそばを掠めようと、ちっとも怖くない」
だが、運がよかったと思ったのもほんの束の間だった。
俺の体に異変が起きていた。まずい、本格的におかしい。いつまでたっても強烈なしびれがとれない。立ち上がるどころか指すら満足に動かせない。そんなに当たり所が悪かったというのか。
「いま君が受けたダメージは蹴りの一撃だけではない」
「ぐっ、あ……!」
なんだって? そう言おうとしたが、口がうまく動かなかった。
「それは教会が隠匿している技術。かつて魔法と呼ばれたものだ」
ま、魔法だと?
「これを受けると、体が麻痺して数十分は動けなくなる」
これで終わりなのか。なんということだ、こんなにあっさりとやられてしまうなんて。
小手先でなんとかしようと考えている場合じゃなかった。自分だけではない、アリーシャの命もかかっていたのだ。相打ち覚悟でも確実に相手を仕留めなければいけなかったというのに!
「ん、いい殺気だ。だが少し遅かったな」
真剣を振るっていたというのに殺意が伴っていなかった。もっと早く本気で躊躇無く、この女を殺す気であったなら。結果は変わっていたのだろうか。それで助けられるものもあったのだろうか。
「では先に行かせてあげよう。よく頑張ったご褒美だ」
「待ってっ、トモア!」
アリ-シャの声が遠くに聞こえた。死を覚悟した。だが、そのときだった。
いつのまにか近づいてきていた聖女が、俺を庇うように抱きかかえた。
「これは驚いた。まさか彼を庇おうというのか? ……感情のない人形風情が」
女騎士は聖女を侮蔑した。その本心をすでに隠そうともしていない。
「道の道とすべきは常の道にあらず。名の名とすべきは、常の名にあらず」
聖女は沈黙を破ると格言のような言葉を口にした。
「子曰く、ですけど」
あっ、と思い出したように聖女は付け加えた。
「なんだと?」
女騎士は驚いて聞き返した。聖女の言葉の意味が理解できなかったのか、呆気にとられてただ反応できなかっただけのか。おそらくその両方だろう。
「わかりませんか? 今のあなたの目は節穴だと言っているのです。私を見て、感情がないなどと言い放つその見識のなさ。よくそれで世界をどうこうといえたものだね」
聖女から発せられる静かだが激しい怒りの波動。
「……これはこれは、有りがたい教えをいただいてしまった」
それをすずしい顔で受け流す。聖女の言葉は、女騎士にはまったく届いていないようだった。
「巫女アリーシャは動けない。トモアくんも頑張ったけどやられてしまった。僕に戦う力はない。けれどまだ戦力は残っている。あの向こうに」
そういうと聖女は部屋の入り口を指差した。その先には確かに三人の騎士たちが待機しているはずである。だが、しかし。
「彼らは私の部下です。当然、私の裏切りを知っている。ここに呼んでも、あなたたちは余計に不利になるだけだ」
「それはどうでしょう? なんと都合のいいことに僕は知を司る女神なのです。では、呼んだ場合の未来を見てみましょう。……むむ、これは?」
女騎士にあきらかな焦りが見えた。
「きゃああああああああああ!」
突然、大きな悲鳴をあげる聖女。
「な!?」
女騎士も予想外だったのか反応できない。
そして、聖女は入り口の方を確認する。
「うぉわあー! 火事だあー、助けてー! 誰か消防車よんでー!!」
続けて、部屋の入り口に向かって叫んだ。
「な、なにを!?」
聖女のなりふりかまわない行動に、女騎士も驚きを隠せない。
「ちょっ、まだ来ないの!? もしかして、この部屋には防音とかあるの!?」
やがて暗闇からバタバタとした足音が聞こえはじめた。
そして、それは徐々に大きくなっていく。
聖女の必死ながんばりが実ったのか、ようやく騎士たちが暗闇の通路を越えてやってきた。