第三話 封印の森 5 地獄の底の蓋
「たしかに、こいつは奇妙だ。昼間だってのにまるで夜中のように暗い」
騎士の一人、ダントルさんが森に入っての感想を述べた。
「だが助かった。まだしっかりと林道が残っている。このまま道なりに進んでいけば、そのうち着くはずだ」
「その封印のですか?」
「ああ、そう聞いてる。だから迷う心配をする必要はないぜ」
そこで会話は途切れた。
うん、だから。その封印ってなんなんだよ。何を封印してるって話だよ。
間がうまく合わず、なんとなく聞きそびれてしまった結果、この期におよんで質問するというのは、とてもはばかられた。
まぁいいか。今からその封印とやらのところへ行くんだから。行けばわかるだろう。
俺たちはもくもくと、森の中を進んだ。その間、昨日のようなガイコツは現れることは結局一度もなかった。そして、子一時間が過ぎたころ。
「お、見えてきたぜ。あれがそうだろ」
騎士の一人が声を上げた。
「これが封印?」
たどり着いたの場所には、石作りの祠があった。
「ん、その遺跡の入り口だな。ようするにこっからが本番というわけだ」
大きさとしては数人で一杯になるだろう程度。騎士が言ったように、この祠は入り口でしかないのだろう。その内部には入ってすぐ、下へとおりる階段が続いているのが外からでもちらりと見えた。
「では、まいりましょうか」
女騎士が微笑をたたえて言った。
松明を持った騎士たちが先導し、俺たちは彼らに続いて入った。階段を下りた先には、想像した通りの洞窟が広がっていた。むき出しの岩肌。静寂の圧迫感。ひんやりとした湿気を含んだ空気。松明の明かりでは数歩先しか見通せない視界の悪さ。
正直、俺はワクワクを押さえきれなかった。まるで、子供のころ聞いた物語の中に迷い込んだ気分だった。そして、こういうところは奥に財宝が隠されているのが定番だったり。
いや、そうだった。よくわからないが封印というものがここにはあるんだったな。謎の封印、考えてみればなんとも興味をそそる言葉じゃないか。
「なんだか楽しそうね、トモア」
「そ、そうか?」
となりにいたアリーシャに、男の子特有の病気を冷静に指摘される。なんというか、とても気恥ずかしい。
「まぁ気持ちはわかるぜ。それに、びびってるよりはだいぶましさ」
「あ、いやどうも」
よくわからないことで分かり合う男たち。そんな二人にむかついたのか、アリーシャの目が少し鋭くなった。
とはいえ、そんな浮かれ気分でいられたのは最初だけだった。
洞窟内は、一本道というわけではなく複雑に分岐していた。騎士たちが洞窟内の地図を所持していたため迷うということはなかったが、それでも慎重にならざるをえない。
さらに、暗闇の中で松明だよりの制限された視界では思うように進めなかった。
岩壁はぬめり気を帯び、疲労感を覚えても、そこに手をつくことさえ戸惑われた。ときおり、うねうねと虫が這い、生理的な嫌悪感を生んだ。
アリーシャは比較的まだ平気のようだった。聖女の方は嫌悪感を隠し切れず、無表情を保とうとしているようだったが、あきらかに口の端がゆがんでいて失敗していた。
「気をつけろ。前に何かいる」
突然、先導していた騎士が警告を発した。
松明の明かりを前方に向けて、警戒しながら対象を確認する。
それはやはり、森の中で見たものと同じく、兵士のように武装したガイコツだった。
しかし、昨日とは様子が違っていた。襲い掛かってくることもなく、壁を背にもたれかかって座っていた。皮鎧は劣化してほころび、近くに武器の類は見当たらない。
一見すると、それはただの遺体にしか見えない。だが、やはり違った。俺たちの接近に気づいたガイコツは、俯いていた顔を上げ、こちらに向けてきた。
俺たちは剣の柄を握り抜こうとした。だが、それをアリーシャは手をあげて制した。
「……アリーシャ? お、おい!」
「心配しないで。大丈夫よ、トモア」
止める間もなく、アリーシャはガイコツの元へ進んでいった。
ガイコツは倒れたまま、その骨だけになった右手をフラフラと持ち上げて、アリーシャの方に差し出してきた。その手をとるアリーシャ。すると、ガイコツは青い炎に包まれ燃えあがった。やがて装備ごと消失した。
その後は、とくに何事もなく進んだ。
しばらくして、俺たちは大きな扉の前にたどり着いた。
どうやらここが、この洞窟の最深部らしい。それは二枚の大きな板を並べて置いてあるような石の扉だった。取っ手のようなものは見当たらない。ただその手前に、二つの燭台がおいてあるだけだった。
女騎士は、その燭台に火を灯すように命じた。騎士は松明を近づけて燭台に火を灯した。
すると、地鳴りのような音を響かせて、石の扉が二つに割れるように開いた。
「すごいな。どうなっているんだ、これ?」
俺は驚きを隠せず、そのまま口に出していた。
「こまかい原理までは知らないんだ。すまないね」
女騎士が、俺の疑問に答えた。
「あ、いえ。聖女さまは知ってますか?」
「……」
返事はなかった。そういえば急に無口になってたんだっけ。
「……知ってますよ」
お?
「これは、ヘロンの自動扉と同一原理の仕掛けであると思われます。この燭台の下に、水を貯めた場所がありまして。火の熱により、その水が蒸発する。蒸気になった水が別の場所に移り、また元の水に戻る。その水の重さで仕掛けが動き、扉が開くようになってるんですよ」
ようやく口を開いたと思えば、饒舌に仕掛けを説明し始めた。
そのいきなりの聖女の変貌に騎士たちは驚いていた。
「なるほど、そういう仕掛けになっていたのか」
すごいことを考えるやつもいたもんだ。
「この火で下に貯めてある水が蒸発するのを利用した仕掛け、そのわりに扉が開くの早くありませんでした?」
疑問に思ったのか、アリーシャが聖女にたずねた。
「……」
これには答えが返ってこなかった。アリーシャから目をそらす聖女。また無口な聖女に戻ってしまった。
「さて、ここからは一定の身分以上の者以外は立ち入れない」
女騎士がそう告げた。
「サーシェイ、ダントル、ゼーガン、お前たちはここで待機だ。入り口を守れ」
「了解しました」
「中での問題は私と、盾殿でなんとかする」
「たのんだぜ、盾殿」
俺はうなずいて、それに答えた。
開いた扉をぬけて真っ暗な通路を進む。不思議なことに進めば進むほど暗くなっていった。
「暗すぎませんか?」
もう自分の手さえ満足に見えない。自分以外の安否は声だけが頼りだ。
「そうね、ちょっと怖いかも」
そういうとアリーシャは手を強く握ってきた。あれ? いつの間に俺たちは手をつないでいたのだろう。
「明かり、全部預けてよかったんですか? 一つは持ってきたほうが」
「ああ、それなら大丈夫」
女騎士の言葉が聞こえたのと同時に、真っ暗だった視界が急に開けた。
広い部屋に出た。百人は余裕をもってはいれるぐらい。例えるなら、セルビエスにある教会の礼拝堂と同じくらいの大きさだ。
不思議なことに、部屋の中はとりあえず動き回るのに問題ないくらいには明るかった。
直前まで一切の明かりが漏れてなかった。それはまるで、歩いていたら急に部屋の中へ飛んだような感覚を受けた。振り返って確認すると、部屋の入り口はぽっかりと塗りつぶられたみたいに真っ黒だった。
どういう原理だか、松明などの明かりのようなものは確認できない。壁自体が光っているのか? 松明は必要ないというのは本当だったわけだ。
「すごいなこれ、どういう仕掛けになっているんだろう?」
「ほんとね、不思議」
アリーシャにもわからないようだった。
奥の方の床がぼんやりと光っているのが見えた。
「あれは?」
近づいて確認すると、何重にひかれた円の模様に見たこともない文字が書かれていた。それらがぼんやりと発光して床を照らしていた。
「これが封印ってやつなのか?」
なんとも奇妙で、いかにもそれっぽい感じだが。
「そうです。かつて開き、そして閉じられた。地獄の底の蓋と呼ばれているものです」
で、なんの封印? と、今まさに聞こうとしていたころで、女騎士が答えた。
地獄の底の蓋といえば、初代巫女のアリーメイアの時代に魔物の大群が現れたっていう、子供だろうと誰でも知っているであろう、かの有名な場所だ。
「じゃあ大昔に、ここから魔王とかも出てきたってことなのか?」
この場所が、そんなすごい神話の始まりの舞台だってのかよ。
「それはどうかしらね。封印はここにあるのだけってわけじゃないから」
それにはアリーシャが否定的に答えた。それは知らなかった。地獄の底の蓋って一つじゃなかったのかよ。
「ところで、あなた」
アリーシャが振り向いて、女騎士に向きなおった。
「教会騎士のいち隊長にしては知りすぎていると思うのだけど? 本来なら封印はその存在すらごく限られた人間しか知るはずのないもの。だというのに、あなたはここへ初めて来たようにもとても思えない」
そういうとアリーシャは女騎士をするどく見据えた。どうやら彼女に不審な点があったらしい。
女騎士はそれでも余裕の笑みをくずさなかった。
「つまり、こういうことです。──リ・ハルシャ・エレニマ」
それから、なにか呪文のようなものを口走った。
すると、それまでぼんやりと発光しているだけだった封印の紋様が、まぶしいくらいの強い光を発しだした。
「なんのつもりなの、あなた!?」
それを体で抑えつけるかのようにアリ-シャは床に伏せた。
「これは、いったいどうなったんだ。アリーシャ!?」
「封印を解除。いえ、違う。暴走させたのよ、この女は!」
アリーシャは焦りながら答えた。
「申し訳ないが、巫女殿にはここで死んでいただくことになりました」
「な、なんでそんな……?」
「世界のため。巫女は存在するだけで危険なのです」
「危険って何が!?」
「世界の存亡にかかわる危険です」
「どう考えても、あんたの方が危険だろ! 封印を解こうとしているんだから」
「いえ、その点についてはご心配なく。封印の崩壊の余波により、ここにある魔界への扉もろとも破壊されるはずです」
「はずってなんだよ。世界のためとか言っておきながらずいぶんと雑すぎやしないか!?」
「それでもです。多少の問題があっても巫女の排除には変えがたい」
女騎士の言葉に、旅に出る直前の叔父との会話を思い出していた。
俺は当初、もうこの世界には巫女の敵などいないと考えていた。魔物との戦いなど遥か昔の話だからだ。そんな俺に叔父は、ある一つの敵の可能性を示した。
「……あんた、もしかして、ダンダリア党ってやつなのか?」
「いかにも」