第三話 封印の森 4 教会騎士
「トモア、こっちよ」
教会には、すでにアリーシャと、鎧で身を固めた女と数人の男たちがいた。
彼らは一見して、あきらかに僧侶ではないことが分かる。帯剣している教会の関係者を名乗るような者に、思い当たるのは一つしかなかった。間違いない、教会騎士だ。
教会騎士。一応、彼らは騎士と呼ばれてはいるが、実際は教会に雇われた私兵の集団。一人ひとりが教会の選りすぐり、凄腕の実力者たちであると噂されている。
来るのが最後になったので、なんだか集合場所に遅れてきたような気まずさを感じながら、アリーシャに近づき声をかけた。
「給仕の仕事の方は大丈夫なのか?」
もちろん巫女の仕事の方が本業なので、こちらを優先するのは当然ではある。しかし、それを説明することはできないだろうし急に人手が抜けられて宿の主人も困っているのではないだろうか。
「ああ、あれ。飽きた」
「飽きたって、お前……」
お嬢さま!
「お初にお目にかかります。私は教会騎士シルビア」
女騎士が、先駆けて名を名乗った。
「彼らは同じく教会騎士の、サーシェイ、ダントル、ゼーガン」
続けて紹介を受けた彼らは、順に会釈した。教会騎士の間にも階級があるのかは知らないが、彼らの中では、この女騎士がどうやら隊長格のようだ。
「はじめまして、私が巫女のアリーシャです」
アリーシャの視線がこちらに向き、次を促される。
「どうも、トモアです。巫女の盾やってます」
自己紹介を終えた俺は聖女を見た。お次どうぞ、という意味を込めて。しかし聖女は、ちらりと俺を一瞥したあと、何も答えなかった。
「……このお方が、聖女様でよろしいのですか?」
「ええ、そうです」
なぜか口をつぐんだままの聖女に変わって、アリーシャが答えた。
おお、と。騎士たちの口から感嘆の声がもれた。
だが、そこに畏怖はあれど敬意はまったく感じられなかった。彼らが聖女に向ける視線は、まるで珍しい動物を見るかのようだった。
いや、感情のない人形を見る目、ということなのだろう。実際に聖女の人となりを知っている身にとってそれは、はっきりと不快だった。
しかし、どうしたのだろう。ここにきてから聖女は、彼らが抱いているであろう聖女像を、まるでそのまま演じているかのように口を閉ざし、表情を隠していた。
「それで、これはいったいどいうことなのでしょうか? 私たちが王都に着くまでは、一切の干渉を
行わないと、そういうことになっていたのでは?」
アリーシャの言葉の響きにはあきらかにトゲがあった。その不機嫌さをまったく隠そうとしていない。
「誤解なさらぬよう。私たちは教会の命を受けてここにきたのではありません。ただ偶然、この村に立ち寄ったところ、巫女殿がこちらに居られると聞きましたので、これはぜひ、ご挨拶をと思いまして」
「そうですか。これで用事も済んだということですね。ではもう、よろしいですか?」
「ああ、お待ちを。少々、お聞きしたいことができまして」
「なんです?」
「あなた方が封印の森に入ったと聞きました。それは間違いない?」
「ええ、迷い込んだ子供を捜すために。何か問題が?」
「問題、それをお聞きしたいのです。何か異変などはありませんでしたか?」
「これは尋問ですか?」
「まさか、とんでもない。ただ、これも我々の任務の一つでありまして」
なんだ? 何かまずいことになっている感じなのか?
原因は、その封印に関してだと思うが。封印を管理しているとか言ってた村長が、昨日のことを知らせて彼らを呼び寄せた? いや、それにしたってやって来るのが早すぎる。やはり、ただの偶然なのだろうか?
「亡者と交戦したそうですね」
このままでは話が進まないと見て、女騎士は核心に触れてきた。
それをどこで知ったのか。ミリアが話したのだろうか? そういえば、とくに口止めもしていなかったな。
「それが何か? 彼らが森の入り口を超えてきたことは今までないのでしょう?」
「だから問題がないと? しかし、こうは考えられないでしょうか? 巫女殿が封印の森に足を踏み入れたがために、それが目覚めた」
「……それも可能性としては否定できません」
「で、あるならば。これまで何も起こらなかったということが、これからの保証につながるものではないということになります」
「それで、どうしろと?」
「封印の確認、もしもの場合はその修復を」
「私たちに拒否権は?」
「ですから、これはあくまでお願いになります。どうか、このエンデ村の安寧のために、そのお力をお貸しいただけませんでしょうか」
うやうやしく一礼する、女騎士。
「わかりました。これも一つの試練であると、そう理解しましょう」
苦虫を噛み潰したように、にらみつけながら答えるアリーシャ。それに対して女騎士は、ご自由に。と、すずしい顔で返した。