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第三話 封印の森 3 木陰でトーク

 宿屋の一室。目覚めると部屋には俺一人。ちなみに昨日と続けて三人部屋のままだ。

 

 それでも疲れがでたのか、ぐっすり眠りすぎてしまったようだ。

 

 一階に下りると、さっそく奇妙なものを見た。

 なんとそこには、村娘の格好に着替えて酒場の客から注文をとっているアリーシャがいた。


 変装のつもりなのだろうか白い頭巾をかぶっている。だが、赤い髪は隠しきれず見えているし、赤い瞳はそのままだった。


 アリーシャは俺に気づくと、こちらに近づいてきた。


「おはよう、お客さん。何か食べる? ご注文は?」


「……何やってるの?」


「見てのとおり、給仕のお仕事よ。なんだか忙しそうだったから手伝ってるの。……で、どう?」


 アリーシャは着けている白いエプロンの裾をつかみヒラヒラさせた。


「ああうん、似合ってるよ。えっと、がんばってな」

「うん、ありがとう」


 酒場の看板娘。巫女に選ばれなかったら、こんな生活もありえたんだろうか。


 いや、ないわ。アリーシャの実家すごい金持ちだったわ。

 そもそも、アリーシャが巫女でなかったら、今こうして一緒にいられることすらありえなかっただろう。


「では、ごゆっくり。お客さま」


 頼んだ朝食を運んでくると、忙しくアリーシャは他の客のもとへと向かっていった。


 見ているだけというのもなんだから、俺も仕事を手伝おうとしたけれど。男は間に合っていると、宿屋の主人にばっさりと断られてしまった。


 なんだかんだで世間知らずのアリ-シャが心配ではある。


「うわっちぃ!」


 アリーシャが注文を聞きにいったさきの客が、突然、叫びごえをあげて椅子を倒しながら転げ落ちた。


「おわっ、何やってんだ、お前?」

「この娘の尻さわろうとしたら、手がめっちゃ熱くなって」


「おいおい、お嬢ちゃんの尻どんだけ熱々って話だよ」

「いやだから、さわろうと手を近づけただけで、まだ当たってもいないんだけど」


「お客さま。残念ですが、当店はおさわり禁止となっております」

「あの、お嬢ちゃん? それ、どういう仕掛けになってるの……?」


 これならとりあえずは大丈夫そうだ。

 アリーシャも、あれはあれで楽しんで仕事してるように見えた。


 どちらかというと邪魔になっている気がした俺は宿を出て、散歩することにした。

 とくにあてもなく、村の中を歩く。


 男たちが軒下で休憩を取り、婦人たちが井戸端で噂話に花をさかせ、子供たちが広場に集まり追って追われて走りまわっている。そんなありふれた風景。


 故郷を旅立ち、わずか二日。それでも懐かしいと感じる自分がいた。

 初日に受けた拒絶的な印象とはずいぶんと違っていた。これなら悪くないと思った。街の中で暮らすよりは、俺にはしょうにあっているかもしれない。

 この村に居つくつもりも予定も、いまのところないが。

 

 少し、歩き疲れてきたところだった。


 木陰のベンチに、聖女が座ってるのが見えた。


 頭のフードをはずし、目立つ銀の髪を隠すそぶりもない。アリーシャとはまるで対照的だった。ただ、一度外してからはそのままになっていた鎧を、もう一度身に着けていた。


「やぁ、トモアくん。こんなところで奇遇だね」

「聖女さまも散歩ですか?」


「そんなところ。ほら、トモアくんもこっちに座ろうよ。話をしようじゃないですか」


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 俺は聖女の隣に腰かけた。


「うーん、どんな話をしようかな。トモアくんは、何か僕に質問とかありますか?」


「質問ですか?」


 そりゃあいっぱいある。だが、まともに答えてくれるような質問が浮かばなかった。彼女も話せる内容にどうやら制限があるようだし。


「ああ、そういえば。聖女さまは、おとぎ話とか好きなんですか?」

「僕がおとぎ話を? なんで?」


「ミリアを探しているときに森の中で、えっとグレーテル? という話をされてたので」


「ああ、ヘンゼルとグレーテルのことだね。魔女と戦う男の子と女の子の兄妹二人のお話なんだけど、森の中を進むとき、迷わないようにパンクズを道において目印にしたっていうくだりがあるんだ。ね、ミリアと一緒ですよね?」


「ああ、なるほど」


「これは、おとぎ話が好きだからとかではなくて誰でも知ってると思いますよ。といっても、もともとは僕の国のお話でもないんだけどね」


 僕の国? ということは、天の国にもいくつかの国があるということなのか? いや、違うか。天の国ではない、この地上のどこかにある国で聞いたおとぎ話なのだろう。


「それで、ヘンゼルとグレーテルはどうなったんです?」

「え、聞きたいの?」

「そりゃあそうです。気になるじゃないですか」


 男の子と女の子の二人で、魔女とどうやって戦うのか。


「僕もうろ覚えだし、そんなに期待されると困っちゃうんだけど……」


 聖女が語った、おとぎ話。悪い継母に捨てられた兄妹、白く光る小石、お菓子の家の魔女。やはり、今までまったく聞き覚えがないものだった。


「いやしかし、魔女に勝っちまうとは。やるじゃないか。ヘンゼルとグレーテル」


 やったのは妹のグレーテルで、兄はまったく役立たたずのいいところなしで終わったのはあれだが。おや? なんだかヘンゼルにすごく親近感がわいてきたぞ。


「もっと聞きたい?」

「はい、ぜひ」


「ごめんね、今すぐってのはちょっと無理かな。いろいろあるにはあるんだけど、急には出てこないもんだね。ちゃんと思い出しておきますから。そのときにまた」


「ええ、楽しみに待ってます」

 いや、なんだ俺。子供か。


「うふふっ、トモアくんはおとぎ話が好きなんだね。こんなことなら、もっといろんな、たくさんの本を読んでいれば良かったな。学校の敷地に併設された大きな図書館の中で僕はいつも過ごしていたというのに」


 がっこう? としょかん? 天の国にある施設だろうか?


「難しくてよくわかりません」

「それでもいいんだ、聞いてほしい」


「はい、わかりました」


「特別、僕は本が好きってわけでもなかった。ただ、そこで時間をつぶしていただけ。持ってきた課題も終わって、なんとなく一冊の本を手にとった。海外からの翻訳本、タイトルくらいは知っていたものだ」


 よくわからないが何か大事な話をしているらしい。いつになく真剣な表情だ。俺の背中に一筋の冷や汗が流れた。だって、話の内容がさっぱりわからないんだもの。


「その本を、僕は何度も何度も飽きることなく読み終わっては、また読んで、それを繰り返した。だから、かなり細かいとこまで覚えている」


「すごく勉強熱心だったんですね」


「うふふ、そうだとよかったんだけどね……。あのころの私は、どういう感情を向けていたのだろう。彼女のことはあまり知らなかった。興味がなかったともいえる。すぐに消えてしまったから。それなのにずっといつまでも縛り続けて。どちらかといえば嫌いだったのかもしれないね。君の中の遠い思い出にしか出てこない、そんな存在だったから」


 儚げで憂いをおびた眼差し。いつしか聖女をつつむ雰囲気も変わっていた。あまりにも急すぎて俺は内心で戸惑うしかない。


 女性はときどき、こういうふうになるものだと、叔父から聞いたことがある。

 こんなときはどうすればいいのか。叔父は言った、とにかく男は黙って話を聞いていればいい。だから俺もそうする。真摯なあいづちを忘れずにだ。


「トモアくんは、どんな英雄の話を知ってる?」


 あ、だめだわ。質問をされてしまっては、俺もこのまま黙っているわけにもいかず答えを返さざるをえない。


「あ、えっと、ヴァーテルの話とかっすかね?」

「うん、その話なら僕も知ってるよ。ほかならぬ君から聞いたものだからね」


「俺から?」

「ほら、このまえ話したでしょ? 僕の能力のこと」

「ああ、なるほど。未来視で見た俺から聞いたってことですか」


「例えば、もし……」

「はい?」


「英雄が、誰かを救おうとして救うことができなかった。そんな物語を、トモアくんは変えれるものなら変えてあげたいと思う?」


「英雄というものは、そんな必要がないから英雄と呼ばれるんです」


「……うん、そうだね」

「いや、たしかに例外もあります」


 ある一つの物語が頭に浮かんでいた。


 それは遠い昔。何不自由なく幸せに育ち、美しく成長して地方領主に嫁いだ王女がいた。


 やがて、王女に一人の息子が生まれた。だが、そこで悲劇がおこった。女系では本来おこりえない、王家の血筋だけに伝わるはずであった強大な力が、その子に遺伝してしまった。


 そのことを知った王が、王女とその息子を呼び出した。疑うこともなく王女は生まれ育った城に戻り、そして、父である王の手にかかった。


 だが、その息子は一人の英雄によって助け出された。そうして、死してさ迷う亡霊となった王女と、その守護者であった英雄の物語がここから始まる。


「もし、その英雄が自分だったらと考えれば、きっと変えたいと思うでしょうね。しかし、それによって生まれるはずだった出会いや物語はどうなってしまうのだろう」


 その英雄の最期も、とてもじゃないが幸せな結末といえたものではなかった。それでも、それは彼の物語であり、死してなおも輝き続ける英雄の物語だ。


「そっか……」

「いやえっと、なんかすいません。俺なんかがえらそうに言っちゃって」

「ううん、そんなことないよ。だから僕は……」


 聖女は先ほどからずっと、どこか不安そうに伏せていた顔をあげ、俺の目をまっすぐに見つめてきた。


「だからね、僕のすべてを君を守るために使うと決めたんだ」


 正直、聖女の真意を計りかねた。ただそれが善意からきていることぐらいは俺にもわかる。


「もったいないお言葉です。けれど、俺だって巫女の盾です。アリーシャを、聖女さまと一緒に守ります。今はまだ、頼りないかもしれないけれど」


「うん、その言葉を聞きたかったんですよ」

「それはよかった。俺はなんとか合格ってことになりますか?」


「ええ、もちろんですとも」

 聖女は笑顔で答えた。


 そして、張り詰めていた空気がようやく元に戻った。


 そろそろ、アリーシャの様子を見に、宿に戻ろうかと俺は考えていた。そこに、一人の男がこちらへと近づいてきた。


「失礼します。巫女さまのお仲間の方ですよね?」


 男はシスターの使いと名乗り、王都の大聖堂から使者が訪れたということを俺たちに伝えた。すでにアリーシャも教会に向かっているらしい。俺と聖女は、アリーシャと合流するためにただちに教会へと向かった。


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